星野 源はいつにも増して音楽の楽しさに気づかせてくれた――2020年の濃密な音楽活動を振り返る

星野 源はいつにも増して音楽の楽しさに気づかせてくれた――2020年の濃密な音楽活動を振り返る
2020年という年は言うまでもなく混沌の中にあって、音楽シーンでも新たな取り組みや思考の転換の必要性を迫られる年であったわけだが、その1年で「だからこそ」の取り組みを、ベストなタイミングで繰り出してくれたのが星野源だったと思う。しかもそれをシリアスになりすぎず、いつも以上の自由さとフットワークの軽さでもって届けてくれた。それだけでなく、今年はソロデビューから10年という記念すべきタイミングでもあって、振り返ってみれば星野にとっては思いのほか多忙な1年でもあったはずで、とても濃密なアニバーサリーイヤーとなった。というわけで、ふだんはあまり1年の活動を振り返る的なことをする間もなく日々が過ぎていく12月(執筆当時)なのだが、濃密な「星野源の2020年」については、少し整理しながらまとめておきたい。少なからず備忘録的なテキストになることはご容赦いただきつつ。

まずはやはり4月初旬、新型コロナウイルス感染者の増加を受けて、外出自粛の要請から緊急事態宣言の発令へと至る中、SNSで発信した“うちで踊ろう”の取り組みが忘れられない。約1分間のシンプルな弾き語り動画を公開し、ミュージシャンはもちろんのこと、音楽以外の表現者やクリエイターも、有名無名、プロアマ問わず、誰もが好きな形でこの音楽とコラボ・発信をすることができるというのは、今思い返してみても非常に画期的な試みだった。多くのアーティストが、その人なりのインスピレーションでコラボ動画を作成し、様々な楽器、ボーカル、コーラス、打ち込み、ラップ、ダンス、アニメーションなど、驚くほど多くのコラボレーションが生まれていった。こうした仕掛けがなければ実現しなかったコラボも多数で、ある意味、生まれたてのプリミティブな音楽がどのように変異、拡散していくのかをSNS上で目撃しているという体験でもあって、今から思えばアルバム『POP VIRUS』の概念とも地続きのものではないかと思う。多くの人が新たな音楽の可能性を目の当たりにした、エポックメイキングな出来事だった。その後“うちで踊ろう”は、星野のライブや制作をサポートするおなじみのバンドメンバーたちが参加した「Potluck Mix」が公開され、無料配信された。《僕らそれぞれの場所で/重なり合うよ》という歌詞、その実践を見せてくれたような思いだった。以降、コロナ以前から洋楽シーンではすでにスタンダードとなっていたリモートでの楽曲制作は、日本においても急速に、広く現代のスタンダードとして受け入れられていったように思う。


6月には“折り合い”が急遽リリースされたが、これもこの2020年だからこその楽曲かもしれない。外出自粛期間中ということもあって、作詞・作曲はもちろんのこと、プログラミングによるトラック制作からボーカル録りまで、すべて星野がセルフで自宅で行い完成させた曲である。ラジオ番組で発表された楽曲だったが、作品化を希望する多くの声に後押しされる形で配信限定リリースされた。日常の些細ないざこざさえも愛おしいと感じられる穏やかなラブソングは、静かな癒しでもあった。そのリリースの直後、6月23日こそが、星野源が1stアルバム『ばかのうた』をリリースしてからちょうど10年という記念すべき日であったが、その日は嬉しいニュースが届けられた。10年前、ばかのうた』リリースにともなう1stソロライブが渋谷クラブクアトロで行われたのだが、その同じ日(7月12日)、同じ場所から、星野としては初の配信ライブを行うというニュースだ。このライブがとにかく見事だった。「通常のライブができない代わり」に配信ライブを行うのではなく、まるで「星野源の配信ライブ」という新しいエンターテイメントを観ているような心持ちだった。テレビで放映される収録ライブとも違う、もちろん生で味わうものとも違う、最高に楽しいライブ。コロナ禍でなくとも、今や、クアトロで星野源のライブを観ることなどほぼ不可能であるが、それを全国どこにいても楽しむことができるということ。そして、通常の有観客ではできない、会場のフロアを使っての演奏であること。さらには、撮影カメラを何台も駆使し、配信ながらに視聴者といつも以上に親密な空気感を作り上げていったこと。準備からライブ当日まで、どれくらいの時間があったのかはわからないが、バンドメンバーとのアンサンブルも含め、どこを切り取っても最高のエンターテイメントとして完成されていた。あの配信から約半年が経過しようとしている今も、なお鮮烈に記憶に残る。


8月にはデュア・リパのリミックスアルバム『クラブ・フューチャー・ノスタルジア』にリミキサーとして参加したことも記憶に新しい。マドンナグウェン・ステファニーマーク・ロンソンなどのビッグネームとともに、唯一の日本人アーティストとして参加したもので、“グッド・イン・ベッド”のリミックスを手がけている。2019年のEP『Same Thing』での楽曲コラボやその後の海外ライブの展開もそうだったけれど、Gen Hoshinoとして、よりポップに自由に楽曲制作やリミックスを楽しんでいる様子が感じられて、もはや「グローバルな活躍」だなんて肩肘張って受け止める必要もないのだなと改めて思う。音楽は楽しい。これだけでいいと思わせてくれる明快さがある。

たとえば10周年という大きな節目には、多くのアーティストがベストアルバムや集大成的な作品をリリースするが、星野源の場合は、シングルボックスという形で、貴重な作品を用意してくれた。その名も『Gen Hoshino Singles Box “GRATITUDE”』。1stシングル『くだらないの中に』から11thシングル『ドラえもん』まで、今では入手困難な初回限定盤を復刻しコンプリートしたボックス作品だ。星野源の「初回限定盤」がなぜレアなのかといえば、毎回単なる「特典」とは言い難い、趣向を凝らした映像DISCが付いてくるからである。おなじみ「ニセ明」をフィーチャーしたムービーなど、見逃せない映像DISCばかりだし、今や音楽は配信でも手軽に聴くことができるということを思えば、アニバーサリー作品としての本質は、「特典映像」にあることは想像に難くない。この遊び心こそが星野源であり、10周年だからこそ、そしてこの2020年だからこそ届けてくれたエンタメ作品なのではないかと勝手に想像したくもなる。もう一度言うが、音楽は楽しい。2020年の星野源は、なぜだかシンプルに、そんな思いを届けてくれているようにも思う。でも、いちばん楽しんでいるのはやはり星野源自身なのだとも思えるし、だからこそ我々も余計なことを考える前に、その音楽を純粋に楽しめているような気がする。それが嬉しかった。


周年と言えば、9月に「スーパーマリオブラザーズ35周年」のテレビCMに、楽曲を提供&出演したこともひとつの大きなトピックだった。“創造”と題されたこの新曲もまた、音楽を通して、ゲームをはじめ、すべてのエンターテイメントが内包する「楽しさ」の本質、つまり創造することの尊さを表現しているように思えた。星野の映像作品を数多く手がけている山岸聖太が監督を務めた星野出演のCMも、歴代の「スーパーマリオブラザーズ」シリーズの象徴的なシーンが星野の演奏シーンと重なって、ひたすら「創造の楽しさ」に溢れた最高のコラボレーションだった。


そう。音楽は鳴り止まない1年だった。こうして振り返ってみれば、むしろ音楽の本質的な楽しさに要所要所で気づかせてくれたのが星野源の2020年だったのではないかと思う。

そしてそんな締めくくりモードに「まだまだ」と追い討ちをかけるように、12月15日深夜には、自身がパーソナリティを務める『星野源のオールナイトニッポン』で、「2時間生演奏!星野源 弾き語りライブ in いつものラジオブース!」が放送され、Twitterのトレンドランキングでは世界1位になるほどの話題となった。司会に飯尾和樹(ずん)を迎え、“くせのうた”から“うちで踊ろう”、そしてアンコールではまさかの“REAL”まで、ゲストのハマ・オカモト(B/OKAMOTO'S)を交えて最高の歌を届けてくれた。そう言えば、多忙を極めるこの1年の中でも、星野は常に『オールナイトニッポン』でリアルな思いや最新の楽曲をいち早く届けてくれていたし、どんな時にも変わらずそこに音楽があるということ、新しい音楽は生まれ続けているということ、そしてそれはいつでもそれぞれの場所で好きに楽しめることを発信してくれていたように思う。そしてそれがすごく自然なことだと思えるのは、間違いなく星野源が鳴らしてきた音楽のおかげだ。(杉浦美恵)


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  • 星野 源はいつにも増して音楽の楽しさに気づかせてくれた――2020年の濃密な音楽活動を振り返る - 『ROCKIN'ON JAPAN』2021年2月号

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