アトムス・フォー・ピース @ 新木場STUDIO COAST

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アトムス・フォー・ピースの来日公演は2010年のフジ・ロック以来、彼らのデビュー・アルバム『アモック』のリリース後の来日としては初めてとなるツアーである。つまり、今回はトム・ヨークのソロ・アルバム『ジ・イレイザー』を再現のために集結した傭兵部隊ではなく、独立したクリエイティヴな表現体としてのアトムスを初めて目にできるチャンスだったということだ。

結論から言えば、今回のアトムス・フォー・ピースのステージは2つの意味と2つの方向性が自在に行き来する凄まじいものになった。フジ・ロックのアトムスがトム・ヨークの究極の思考・頭脳の音楽だった『ジ・イレイザー』を実践と肉体の音楽へと解凍していくバンドのダイナミズム、その1つの意味と1つの方向に特化集中したパフォーマンスだったとしたら、今回の彼のパフォーマンスにはさらにその「先」の展開があったのだ。『ジ・イレイザー』の曲が6曲、アトムス・フォー・ピースの曲が7曲、シングルやレディオヘッドの楽曲、フィーチャリング曲が3曲というバランスの良さも、今回のステージに存在した2つの意味と2つの方向性を分かりやすく顕在化させるものだった。とにかく今、アトムス・フォー・ピースのライヴでは思考と肉体の間を激しく行き来する、あまりにも大胆かつ斬新なロックの新・文脈が現在進行形で生まれつつある、その興奮に痺れっぱなしになった1時間40分だった。

アトムス・フォー・ピース @ 新木場STUDIO COAST
1曲目は『アモック』のオープニング・ナンバーでもある“Before Your Very Eyes...”。この曲はフリーのチョッパーによるベースとマウロ・レフォスコの微細なブレイクビーツがまずはがらんどうの空間に片っ端から点を打ちつけていき、それがいつしか塊になり、線になり、トムのギターとジョーイ・ワロンカーのドラムスに乗って流れ出し、渦へと変わっていく、そんなアトムスのライヴにおける肉付けの過程を最も分かりやすく目撃することができる格好のイントロダクションだ。みるみる立ち現れる巨大なグルーヴにフロアからぐわーっと地鳴りのようなどよめきが起きると、トムはすかさずスタンドマイクを客席に突っ込み、そのどよめきと歓声をマイクで拾うとニカッと笑顔を見せる。相変わらずアトムス時のトムは初っ端からトップギアのテンションだ。

アトムス・フォー・ピース @ 新木場STUDIO COAST
ちなみにトムとフリーは揃いのロングの巻きスカート状のものを履いている。そのスカート状のものから覗くトムの足元は赤いスニーカーに赤のソックス、一方のフリーは青のスニーカーに青のソックスと、足元まで色違いでお揃いのコーディネイトをしている。余談だが、2010年のフジでもトムが青のランニング、フリーが赤のランニングと2人は色違いでコーディネイトしていた(とにかく赤と青なのである)。

アトムス・フォー・ピース @ 新木場STUDIO COAST
続く“Default”はフリーのベースの隙間を突き、マウロのブレイクビーツが合いの手を入れるように乱れ打たれるこちらもパーカッシヴなナンバー。「コンバンワー」とトムの今夜の第一声を挟んでの“The Clock”は今日初めての『ジ・イレイザー』からのナンバーだ。トムとフリーが向き合い、互いに肩が外れそうな勢いと大きさでギターとベースを掻き鳴らすと、そのパフォーマンスの応酬の過熱とシンクロして四方八方から赤いライトが激しく点滅し、ステージ全体が赤く発光しているように見える。トムのピアノによるアレンジの“Ingenue”を挟んでいったんクールダウンするも、続く“Unless”は高速フェラ・クティとでも呼べそうなアフロ・ビートが縦横無尽に駆ける『アモック』らしい、アトムスらしいナンバーで、今度はフリーとマウロが向き合い。アルバムの2倍3倍増しでプリミティヴなリズムを繰り出していく。トムのヴォーカルは思いっきり湿った哀愁を醸し出しているし、凄く人間臭いパフォーマンスなのだ。トムのダンスはと言えば人間臭いを通り越して異形のフリーキーっぷりだし、フリーも人間離れしたバネで縦横無尽にステップを踏んでいる。

アトムス・フォー・ピース @ 新木場STUDIO COAST
前半のクライマックスだったのは『ジ・イレイザー』からの2曲、“Harrowdown Hill”と“Cymbal Rush”だ。共に『ジ・イレイザー』らしいブレイン・ミュージックの精緻と美を持つナンバーだけに、アトムスのライヴにおける肉付けが最も映えるナンバーなのだ。トムとナイジェルが象牙の塔に籠もるようにして厳密に積み上げた“Harrowdown Hill”のひんやりと硬質なフォルムが、ジョーイのドラムンベース化した高速ドラムスによって容赦なくこじ開けられていくのはアトムスのライヴの醍醐味だし、何よりも、この曲でトムがこんなにも気持ちよさそうにギターを「普通に」弾きまくっているのが最高なのだ。“Cymbal Rush”ではトムのピアノ&ナイジェルのシンセの秩序と、フリー、ジョーイ、マウロのリズム隊の無秩序が真っ向からぶつかり、歪な興奮を呼び覚ましていく。ラスト、ステージ中央に駆け入りトムが激しく痙攣するかのように踊り出した瞬間が、この日のクライマックスとなった。

アトムス・フォー・ピース @ 新木場STUDIO COAST
ここでいったん5人はステージを降り、再び登場して始まった“Feeling Pulled Apart by Horses”からはアンコールということになるが、意味合い的には“Cymbal Rush”までがショウのパート1、そして“Feeling Pulled Apart by Horses”からがパート2という構成だったと言える。「イチ、ニ、サン、シ、ゴ、…」とトムの日本語でのカウントで始まったこのパート2は、言わば「逆走」のパートだった。思考・頭脳の音楽を実践と肉体へと下ろしていく、そのダイナミズムがパート1のパフォーマンスの肝だったとしたら、パート2はその逆、完全にビルドアップされた肉体をほぐし、緩め、その中にある思考や美を再び取りだしていこうとするフィードバックを感じるパフォーマンスだったのだ。最初に描いた2つの意味と2つの方向とはつまりそういうことだ。

アトムス・フォー・ピース @ 新木場STUDIO COAST
“Feeling Pulled Apart by Horses”から減速し、緩やかな起伏を描く“Reverse Running”へ、そしてUNKLE の楽曲“Rabbit in Your Headlights”はピアノとシンセのレイヤーで聞かせるエレクトロへ(フリーのポエトリー・リーディング調のヴォーカルもかっこいい!)、さらにレディオヘッドのカヴァー“Paperbag Writer”はよりアブストラクトなリズム・チューンへと、徐々にグルーヴが粒子レヴェルに再び解体されていく。この“Feeling Pulled Apart by Horses”から“Paperbag Writer”への逆走があったからこそ、続く“Amok”の徹頭徹尾ロック・バンド仕様のストレートなプレイが一層のカタルシスを生んだと言えるかもしれない。トムは今度はペコリ、ペコリ、ペコリと、3度90度の角度で丁寧にお辞儀をしてステージを降りる。そんなトムの振る舞いも含めて、やはりこの“Amok”が本来の本編終了のナンバーだという気がした。

アトムス・フォー・ピース @ 新木場STUDIO COAST
アンコール・ラストは『ジ・イレイザー』からの“Atoms for Peace”と“Black Swan”で再びアトムス・フォー・ピースの最初の目的、トムの思考に肉体を与えること、トム・ヨークのロック・アーティストとしてのアイデンティティを証明していくことに注力する、5人一体となっての総力プレイと化した。トム・ヨークは今、アトムス・フォー・ピースによって思考と肉体を完全に掌握し、最強の「ロック」を手に入れたのだと言えるかもしれない。(粉川しの)
アトムス・フォー・ピース @ 新木場STUDIO COAST


セットリスト
Before Your Very Eyes...
Default
The Clock
Ingenue
Unless
And It Rained All Night
Harrowdown Hill
Dropped
Cymbal Rush
(encore 1)
Feeling Pulled Apart by Horses
Reverse Running
Rabbit in Your Headlights
Paperbag Writer
Amok
(encore 2)
Atoms for Peace
Black Swan
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