『プログレッシヴ・ロック・フェス 2012 真夏の夜の夢〜幻想の音宇宙へ〜』 @ 日比谷野外大音楽堂

この「プログレ・フェス」も今回で3年連続の開催。8月終わりの休日に日比谷野音で、というパターンもこれまで通りで、主催者側からは早くも来年の開催の決定が告知されるなど、着実に定着している観がある。今回も主に70年代に活躍し、その後紆余曲折ありながらも21世紀の今なお活動を続ける「生けるレジェンド」3組が集合した。場内はさすがにご年配のロック・ファンがほとんどで落ち着いた雰囲気だが、それでも贔屓アーティストのTシャツで応援姿勢を見せる方も少なからずいて期待感が高い様子は伝わってくる。それでは、出演順にレポートしていきます。


バークレイ・ジェームス・ハーヴェスト

結成45年にして初来日となった彼等。すでに往時のメンバー4人中2人は鬼籍に入っており、メンバーチェンジを繰り返しながら今日に至っているわけだが、フロントマンであるギター&ヴォーカルのジョン・リーズは健在で、その精神はしっかりと引き継がれている。

彼等はプログレ勢の中でも比較的メロウな楽曲が多く、どちらかというとシンフォニック・ポップという言い方が似合うところもあるが、ステージを見ると上手にセットされたキーボード群の要塞は(客席向きのスタンドに3台、さらにステージ中央向きのスタンドに3台、計6台設置)視覚的にドラマティックで、それだけであの時代の空気が蘇ってくる。

まだ陽も明るい開演予定時刻17:15丁度に登場した彼等。ジョン・リーズは意外にもステージ中央ではなく下手に立ち、センターに立った近年のメンバーであるベーシストの「コニチワ!」の一言から彼が歌う“Ball And Chain”でフェスはスタート。ミディアムスローの、ややもったいぶった曲で始まるあたりがいかにも「プログレ」っぽい。しかし続いて代表曲“Child Of The Universe”のイントロのギターフレーズが鳴り響き、ジョンがあの頃と変わらない声で歌い出した瞬間には場内の至る所で拍手が沸き起こり、初来日のこの日を待ちわびていた人々が決して少なくはない事が証明される。今やすっかり白髪となったジョンだが、歌声はもちろん、ギター・ソロもまったく健在で、あのサウンドが往時そのままに降臨する様に、場内は一層聴き耳を立てていく様子に。彼等の特徴でもあったヴォーカル・ハーモニーも安定しており、ファンタジックなサウンドパノラマが聞き覚えどおりに響いてくる安心感に包まれる場内。その雰囲気をさらに後押しするように、次はまたしても代表曲にしてジョンが歌う“Hymn For The Children”。イントロのギターのアルペジオの響きも美しく、曲のポップ感も相俟ってフェスらしい幸福な空気を徐々に作っていく。

そんな展開で冒頭部を過ごしたところで、しかしそこからはキーボードの壮大な響きを活かしたプログレな楽曲が続々と登場し、彼等のまた別のファクターを示す時間に突入していく。組曲形式の長尺曲が続々と登場したのだが、変拍子をところどころに挟み込んだ複雑なアレンジ、意表を突いて登場するシンコペーション、ギターとキーボードによるユニゾンのソロなど、様々なアイデアを余裕たっぷりで乗りこなして行く技術力と風情はやはりあの時代のロックの魅力。キーボードもわざわざあの頃のシンボルだったメロトロンの響きを再現している箇所もあり、細かいところまで手を抜かない職人的なこだわりにこちらも思わず膝を打つ場面も。

そんな中に、息の合ったハーモニーコーラスで涼風を吹き込む気遣いも嬉しく、ほとんど快晴といっていい野外会場に似合う爽快感も演出しながら、6曲40分という凝縮された時間を過ごした彼等は笑顔でステージを後にしていった。


ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーター

21世紀に入って往時のメンバー3人が集結し新譜もリリースするなど、頼もしい活動を見せているのが彼等だ。今回の来日メンバーもその3人で、長年に亘りバンドを支え続けたヴォーカリストのピーター・ハミルはもちろん、キーボード&ベース・ぺダルにヒュー・バントン、ドラムにガイ・エヴァンスという70年代をともに戦ったラインナップ。

それにしても、登場した瞬間のハミルの匂い立つようなカリスマ性にいきなりやられてしまった人も多いのではないか。スリムな長身という風貌もそうだが、引き締まった表情から漂う発信者としての40年以上にもおよぶ風格は、やはりキャリアあってこその佇まいで、それは1曲目に配された近年の楽曲“Interference Patterns”(2008年発表)でいきなり爆発する。

ステージ配置はなかなか変わっていて、2台のキーボードがステージ左右それぞれに中央向きに座るように置かれており、つまり真ん中にいるドラマ—含め3人全員が常に目で合図できる設置になっているのだが、ハミルが下手側のキーボード前に座りいきなりピアノの高速リフを弾き始めるや、他の2人も様子を見計らいながらいいタイミングでなだれ込むように参戦。すると3人のリズムが徐々にそれぞれに拍子を変え始め、複数のリズムが交錯していく、所謂ポリリズム状態へと突入していく。なかなかに意表を突いたオープニングに、場内にピンとした緊張感が張り詰める。

元々、デビュー時の彼等の音楽性はアンサンブルという概念の真逆をいくもので、ハミルの歌、朗読、そして叫びが渾然一体となったヴォーカリゼーションに、他のメンバーが阿吽の呼吸でバッキングを配していくという構造から始まっており、その匠の技をいきなり見せつけてくるオープニングともいえる。ピアノと一体になって、時に歌い、時にうめき、時に叫ぶハミルの声も40年前と全く変わらない苦みの効いたもので、充分過ぎるくらいの元気さをアピールしてくるもの。2曲目ではいきなり懐かしい“Scorched Earth”(1975年発表)が始まり観客の多くを安心させてくれたりもするのだが、それとて基本的なフォーマットは1曲目と変わらず、5拍子というリズムのピアノ・リフが酩酊感を誘う中、3人の自由で丁々発止なやりとりは一層加速していく。

そして中盤からはハミルの演劇的な素養が一気にステージアクトに現れる時間となる。ステージ中央前方に歩み出て今度はギターを持ち、まずは弾き語りふうの楽曲をスタートさせるのだが、後から入ってきた2人が徐々に熱を帯びてくる様子を見計らうや、そこからはマイクスタンドを握りしめて全霊込めたシャウトを聞かせる姿勢にいきなり豹変。それだけでアジテーターとしての性を視覚的に充分に表現したかと思う間も無く、曲調が突然優雅なワルツの調べになると今度は軽快なステップでステージ上を踊る一コマまで披露し、人生の悲喜劇をさりげ無く演出して見せる展開も。その時々で見せる余裕綽々の表情もまた心憎く、ミュージシャンと言う以上に存在者としてのキャラクターに音楽が後からついてきた、とさえいえそうなこの人の異色ぶりが一層顕わになったステージだった。

最終曲は相当古い楽曲“Man-Erg”(1971年発表)だったのだが、バンドのスタート時期のレパートリ—だったこの曲でステージを締めたところも、今後に向けての改めての再起動を宣言するものだと思う。3人という少数編成ながらドラムの生音の大きさといいキーボードのソロでのエネルギーといい、枯れるどころか往年以上にプログレッシヴな姿勢を示して45分のステージを終えたメンバ—は、実に爽快な表情をしていた。


ゴブリン

そしてトリに登場したのは、70年代にイタリアのロックを世界に向けて発信し続けた、このバンド。彼等は映画のサントラ制作にも積極的だったのだが、中でもホラー映画「サスぺリア」や続編の「サスぺリア2」は日本でも大ヒットしたので、プログレ云々という以前に実はそちら方面で日本でも浸透度を見せていた。もちろん本国イタリアではヒットメイカーとして大きな人気を博し、現在もイタリアのロック・シーンを象徴するバンドとして大きな存在感を示している。今回の来日も、リズム隊の2人こそ近年加入だが、看板であるギタリストのマッシモ・モランテ、そしてふたりのキーボーディスト、クラウディオ・シモネッティとマウリッツィオ・グアリ—ニと、オリジナルメンバー3人を配した布陣が嬉しい。

すっかり夜の闇が野音に降り立った中、ホラー映画の導入を思わせる不穏なSEが場内に流れ始め、そこに恐怖にひきつったような女性の叫び声が重なっていくと照明も一気に真っ赤に豹変。往年のイメージを忠実に再現した演出とともに、ミステリアスなシンセサイザ—のフレーズが一層恐怖感を煽る1曲目“Magic Thriller”で、オーディエンスを早速あの世界に誘っていく。

しかしながら、選曲や演出こそあの時代そのままなのだが、繰り出されるサウンドは実はなかなかに今時のフェスらしいオープンな感覚や華やかさが漂っているのが面白く、やはりリズムのビート感やグル—ヴの新しさが21世紀感を自ずと発しているところがいい。序盤はソリッドなナンバー“Dr.Fankenstein”“Roller”といった楽曲でどんどん加速していくメニューで、ソロパートで2人のキーボード奏者が奏でる旋律や、2人の呼吸で聞かせるシンフォニックな部分も健在な一方、リズム隊に扇動されるように豪快なアクションから身をよじって鍵盤を引き倒すシーンもあり、おそらく昨今のフェス体験から会得したと思われる豪放磊落ぶりで場内をお祭りらしいムードに導いていく。

しかしながら中盤以降は、やはり往年のサントラ楽曲でリクエストに一気に応えて行くメニューとなる。聖歌隊をサンプリングしたような荘厳なSEも効果的な“Zombi”、オルゴールの音に徐々に心臓の鼓動音が重なっていく意味深長なイントロの“Profondo Rosso”(映画「サスぺリア2」テーマ曲)、そして恐怖に怯える女性のうめき声が場内に響くや大きな拍手が沸き起こった“Suspiria”などなど、あの時代に彼等がいかにイタリア映画界と音楽界、ひいてはそのインターナショナル化に貢献したのかを再度認識させる豪華な楽曲群が続く。

そんな楽曲を誇らしげに演奏する5人の姿は、レジェンドでありながら今なお揺るぎない存在感と自信を十二分にアピールするもの。最後、5人が並んでステージ最前列で挨拶し1列目のオーディエンスとタッチを交わしながら悠然とステージを去っていった光景は、今時のフェスティバルらしい華やかさも漂わせながら、同時にあの時代のフロンティアならではの凛々しさ、その両方を感じさせるものだったと思う。(小池清彦)
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