トレヴァー・ホーン featuring ロル・クレーム and アッシュ・ソーン プロデューサーズ @ ビルボードライヴ東京

毎週末のようにフェスティヴァルが開催され、凄まじい数の海外アーティストの来日が続いている怒涛&灼熱のサマー・シーズンあって、極めて異色な来日だったと言っていいだろう。それがビルボードライブ東京で開催された、トレヴァー・ホーン率いる「プロデューサーズ」の来日公演である。正式な公演名としては「トレヴァー・ホーン featuring ロル・クレーム and アッシュ・ソーン プロデューサーズ」と記されたこのプロデューサーズとはどういう形態のプロジェクトか言うと、トレヴァー・ホーンを中心にゴドレイ&クレームのロル・クレーム、スティーヴ・リプソン(今回は来日せず)、アッシュ・ソーンによって2006年に結成されたバンドだ。

つまり彼らはスーパー・ベテラン集結型のスーパー・バンドと呼んでも差し支えないわけだけど、このプロデューサーズがユニークなのは自分達のオリジナル曲に加えて彼らが個別にゆかりのある過去曲、特にトレヴァー・ホーンに至っては「プロデュースした曲」も含めてレパートリーに入れているという点だろう。つまり、懐メロと言ったらそれまでなのだが、プロデューサーズの懐メロが従来のそれと決定的に異なる点は、トレヴァー・ホーンはその懐メロの「主体」ではないということだ。主体ではなくプロデューサーだったからこそ彼はその曲を自由に解釈できて遊べる、それがこのプロジェクトの凄いところなのだ。

ここから本レポートに並ぶアーティスト名、曲名を確認いただければ、トレヴァー・ホーンがやろうとしている本プロジェクトのユニークさ、もとい掟破りギリギリの痛快さは一瞬で理解できると思う。なにしろ、プロデューサーズ名義のオリジナル・ナンバーは一切やらず、懐メロに徹したこの日のオープニングはバグルスの“ラジオスターの悲劇”なのである。2曲目は「次は80年代の曲だよ」とトレヴァーが言い、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの“トゥー・トライブス”へと続くのである。そして「今度は90年代だ」ということで、3曲目はなんとシールの“キス・フロム・ア・ローズ”なのである。これらオープニングの3曲だけでも時代もアーティストも曲調もばらばら、共通しているのはトレヴァーがプロデュースしたということと、どれもがスーパー・ヒット曲であるということのみだということが分かるはずだ。しかもニューウェイヴ、ファンク・インスト、そしてダークなエレクトロ・ポップとそれぞれの曲の持ち味を強調したアレンジになっていて、そのどれもが完成度が高く、しかも演奏も巧い。

ちなみにバンドはトレヴァー(Vo&B)、ロル・クレーム(Vo&G)、アッシュ・ソーン(Dr)に加えて2人のキーボード・プレイヤーにギタリストがもうひとり、そして女声コーラスが2人というかなりの大編成だ。各曲の成り立ち、曲調によって柔軟にメイン・ボーカルをバトンタッチしていくのもユニークで、特にメインのキーボード・プレイヤーのピートは誰よりもヴォーカリストとして大活躍である。冒頭の3曲で70年代~90年代を一気にワープしたプロデューサーズだが、続いては10ccの“ラバー・ブリッツ”で再び70年代へと舞い戻り、もちろんヴォーカルはロル・クレームが執る。そう、プロデューサーズのライヴのもうひとつの醍醐味になっているのが、ロル・クレームがいるということ、つまりは10ccのナンバーをも聴けてしまうということだ。トレヴァー・プロデュースのテクニカル&ギミックなポップ・ソングの傍らで10ccのオーセンティックなギター・ロックの誠実が光るという二面性はなかなかスリリングだ。
しかもその10ccの“ラバー・ブリッツ”からなんとあのt.A.T.uの“オール・ザ・シングス・シー・セッド”に繋がれるという中盤のシュールすぎる展開に、さすがに客席にはどよめきのようなざわめきのような、なんとも言えないリアクションがさざ波のように広がっていく。まさかこの2012年にバカテクなフル・バンドが本気で演奏する“オール・ザ・シングス・シー・セッド”を聴くことになろうとは、しかもビルボードライブ東京のような大人の社交場的スノビズムのど真ん中でこれが鳴り響くことになろうとは思いもよらなかった。改めてトレヴァー・ホーンという人の「扇動者」としての知性とアイロニーを見せつけられた格好だ。

この日のショウの後半戦、もうひとつの目玉となったのがイエスの楽曲からなるメドレーで、これにはビルボードライブ東京を埋めた40代・50代のオーディエンスも大歓喜である。ちなみにイエス時代のトレヴァーは正直、古参ファン達から圧倒的に不評のヴォーカリストだったが、「あれは僕の人生でも最悪の時期だったね」なんてジョークをかましながら自身のヴォーカル曲ではなくプロデュース曲のイエス・ナンバーでしっかり仇を討つのが痛快だ。ジャズ・ピアノとハード・ロックのギター・リフ、そして華麗な女声ヴォーカルをてんこ盛りでフィニッシュを飾った本編ラストのイエス“ロンリー・ハート”はそんなトレヴァーの意地とプライドを感じさせて圧巻だった。アンコールのラストはティアーズ・フォー・フィアーズの“エブリバディ・ウォンツ・トゥ・ルール・ザ・ワールド”。くーっ!ザッツ80S!!

バグルスからFGTHにシールにt.A.T.u、そこに10ccとイエスまで加わったこの日のセットリストは、トレヴァー・ホーン(そして時々ロル・クレーム)の生き様そのものの投影であり、それ以上でもそれ以下でもなかったわけだが、こんなにも分裂していてなおその全てにおいてクオリティ・コントロールのいき届いた「はちゃめちゃ」は、トレヴァーにしか成しえないものだったんじゃないだろうか。(粉川しの)
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする