ザ・ナショナル @ 渋谷duo music exchange

ザ・ナショナル @ 渋谷duo music exchange - pics by 古溪 一道(コケイ カズミチ)pics by 古溪 一道(コケイ カズミチ)
ザ・ナショナル @ 渋谷duo music exchange
3月の震災の影響で延期となっていたザ・ナショナルの振り替え公演だったこの日。彼らがここ日本でプロパーなライブを披露するのは今回が初めてということになる(ちなみに2010年のプロモ来日時にマットとアーロンがシークレットでアコースティック・セットを披露しています)。当然のようにチケットはソールドアウトで、開演前にはチケットを譲ってほしいファンが会場の外に列を成している。

なにしろこのザ・ナショナルは2000年代以降のUSオルタナの宝にして我々日本人にとっては最後の「未知」のバンドであったといっていい。彼らのキャリアは長く、デビュー・アルバム『ザ・ナショナル』(2001)のリリースから今年でちょうど10年ということになる。『アリゲーター』(2005)、『ボクサー』(2007)の2作品でいわゆるピッチフォーク的オルタナ・ヒーローとなった後、最新作の『ハイ・ヴァイオレット』(2010)が全米初登場3位を記録。そう、彼らは本来ならば最早キャパ1000を切るクラブ・サーキッドで観られるような規模のバンドではないわけで、今回の一夜限りの初来日公演にかけたファンの想いの熱さも納得がいくというものだ。

ザ・ナショナル @ 渋谷duo music exchange
ザ・ナショナル @ 渋谷duo music exchange
爆発寸前まで期待を充填しきったそんなオーディエンスの熱は、オープニングの“Runaway”でさっそく放出され始める。丁寧なアルペジオと共にスタートしたこのスローモーな曲が転換の合間合間にどよめきのような歓声と拍手を巻き起こしながら徐々にヒートアップしていく様は圧巻で、ホーンが加わった最終コーナーでは早くもクライマックスに匹敵する光景が生まれてしまっていた。この日は最初から最後までこんな調子で、オーディエンスの歓声がバンドと並走する、いや、むしろバンドのパフォーマンスと一体化しているその様は滅多にお目にかかれないものだった。

バンドの演奏自体ももちろん、素晴らしいとしか言いようがないものだ。アルバム音源の繊細で怜悧なテクスチャ―を寸分も損なうことなく白熱していくパフォーマンスはあまりにも美しい。ロックのライブ・パフォーマンスにおいて崩壊や決壊のカタルシスは容易く得られるものだが、ザ・ナショナルのように緊張の糸をギリギリまで張りつめさせながら美観を保つタイプのストイックなカタルシスは、真の技量を持つバンドでないと生み出すことはできない。

ザ・ナショナル @ 渋谷duo music exchange
ザ・ナショナルには2人のキーマンがいて、ひとりはもちろんボーカルのマット・バーニンガー。そしてもうひとりが双子のデスナー兄弟のかたわれであるアーロン・デスナー。マットが主にバンドの歌詞を手掛け、アーロンが主にサウンドメイキングを担当しているが、この2人の個性は外見から内面まで全てが真逆とで、その2人のギャップがザ・ナショナルの大きな魅力のひとつになっている。マットはステージ上で赤ワインを嗜みながら歌うロマンティックな詩人タイプの男で、渋い髭面にスーツをちょっとだらしなく着こなすのが彼のスタイルだ。対するアーロンは見た目は神経質そうなオタクだが、傑作コンピ『DARK WAS THE NIGHT』の編纂に注力したことからも伺えるようにUSオルタナの良心として若手バンドからの人望も厚い知性派として知られている。

言葉で都市=NYの孤独な物語を紡いでいくマットと、その言葉に相応しいモダンで研ぎ澄まされたサウンド=風景を与えていくアーロン、そんな2人のコラボレーションの最新にして最高傑作と呼ぶべきナンバーが“Bloodbuzz Ohio”だ。オハイオからNYに移り住んだ主人公が「NYにも、故郷にも、そもそも僕の居場所はなかったのだ」と語り始めるこの曲は、オバマ就任後にコンサバとリベラルの二極対立が崩壊したアメリカのカオティックな現実を突き付ける。「NYインディ派閥のドン」と目されてきたザ・ナショナルのパブリックイメージを更新し、インディ村を飛び出し普遍的存在へと昇華された今の彼らを象徴するナンバーでもある。ぎこちなくスタッカートする呟きがいつしか痛烈な叫びへと変貌を遂げるマットのボーカルも本当にとんでもない。パンク的フリークネスも厭わないマットのボーカリゼーションをがっちり受け止めるバンドの演奏力のとんでもなさは、言うまでも無い。

「いろんなところでこの曲(“Conversation 16”)をやっているけど、いつも曲の途中でお客さんが勝手に終わりだと思って拍手しちゃうんだよね(笑)。最後まで拍手なしでちゃんと聴いてくれたのは今日の君たちが初めてだよ。本当にありがとう」とマット。会場からはファンとして誇らしい気持ちと共に改めて大きな拍手が巻き起こる。そして“Son”、“Abel”といったシンプルな弾き語り系のナンバーで少しクールダウンした後、本編ラストの“Fake Empire”に突入する。

ザ・ナショナル @ 渋谷duo music exchange
ここまでで既に「とんでもないものを観た」興奮は最高潮なわけだが、アンコールも容赦なかった。『アリゲーター』中でも際立ってアッパーなロック・チューン“Mr. November”で怒涛の追い打ちをかけ、マットはそろそろワインが本格的に回ってきたのか足元が少々おぼつかなくなり始め、何度もマイクスタンドをぶっ倒しそうになりながらも歌い、叫ぶ。“Terrible Love”では客席に降り、歌いながらぐるっと場内を迂回してフロア後方からオーディエンスのど真ん中を割ってステージに戻るという荒技を披露する。

ラストナンバーは“Vanderlyle Crybaby Geeks”。メンバー全員がマイクを置いてステージ中央に集まってくる。彼らが手にする楽器は2本のアコギのみだ。「次の曲はアコースティック・セットでやるんだ。みんなのシンガロングで僕たちをサポートしてほしい」とマット。これはザ・ナショナルのライブのフィナーレを飾る恒例の行事で、ステージ上の彼らとオーディエンスが共に「地声」で全編を歌いきることが求められる。ザ・ナショナルとファンのユニティを象徴するシーンなわけだが、果たしてここ日本で可能なのか?……という心配は一瞬で四散した。そこには、一語一句違わぬ大合唱が巻き起こったのである。

ザ・ナショナル @ 渋谷duo music exchange
ザ・ナショナルは、素晴らしい歌詞の載った素晴らしい音楽を作り、素晴らしい演奏を聞かせるバンドだ。彼らのその素晴らしさは客観的にも主観的にも揺るぎなく、シンプルなものだ。しかし今は「素晴らしい音楽をやる」というシンプリシティがどんどん伝わりづらくなっている時代でもある。付加価値やキャッチフレーズを持たない音楽は商品にはならないのかと、無力感を感じる瞬間も多々ある。しかし、そんなことはないのだと、音楽のシンプルな力を改めて信じさせてくれたのがこの日のステージだった。ステージ上の彼らと、あの場に集った全ての人の力が、そう信じさせてくれたのだと思う。(粉川しの)




セットリスト
1. Runaway
2. Ghost
3. Secret Meeting
4. Mistaken for Strangers
5. Blood Buzz
6. Slow Show
7. Squalor Victoria
8. Afraid of Everyone
9. Conversation 16
10. Son
11. Wasp Nest
12. Abel
13. Sorrow
14. Apartment Story
15. Green Gloves
16. England
17. Fake Empire

ENCORE
18. Think You Can Wait
19. Mr. November
20. Terrible Love
21. About Today
22. Vanderlyle
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