佐野元春 @ 東京国際フォーラムAホール

佐野元春 @ 東京国際フォーラムAホール
デビュー30周年を記念した2010年3月の『アンジェリーナの日』から始まったアニバーサリー・イヤーの1年間、佐野元春はいつにも増して目に見える形で、全力疾走していた。「“君”の不在」というテーマのもとに、過去のナンバー10曲を今の解釈で新たに生み直したアルバム『月と専制君主』の制作。8月にはツアーとしては初めての、井上鑑ファウンデーションを伴ったスポークンワーズ・セッションが全国で9公演。9月にはベスト盤がリリースされ、10月から12月にかけてはザ・コヨーテ・バンドと共にクラブ・サーキット・ツアーが全国21公演。年明け早々に『月と専制君主』がリリースされ、そのまま今度はザ・ホーボー・キング・バンドとのホール・ツアーに出た。全9本のうちの7公演目となるファイナル・シリーズの大阪公演は、大勢の豪華ゲスト・アーティストたちもステージに駆けつけた。残すところはいよいよ東京での2公演のみ。日程は、3月12日と、佐野元春55歳の誕生日となる3月13日であった。

延期は仕方が無かったし、優先してやるべきことや考えるべきことがあったろう。でもやはり、残念というより、悔しかったのではないだろうか。他でもない、佐野元春自身が。彼は決して、そのことを口にしなかったけれど。そして振替公演がこの6月に決定し、いよいよ東京国際フォーラム・ファイナルの公演2日目を迎えたのだった。

ステージの幕が開くと同時に、ザ・ホーボー・キング・バンドが華々しいセッションをスタートさせる。古田たかし(Dr.)、井上富雄(B.)、Dr.kyOn(Key.)、長田進(G.)、大井“スパム”洋輔(Perc.)。皆、元春のキャリアを支え続けてきた頼もしい顔ぶれだ。ホーン・セクションには佐々木史郎と、山本拓夫はけたたましくサックスを吹き鳴らして早くもステージ上を駆け回っている。彼らの頭上にはシャンデリアが。そして、大歓声に包まれながらギターを抱えた元春が袖から飛び出してきた。“君をさがしている”の、まくしたてるような符割の歌詞を浴びせかけ、《でも今夜はいつもの夜とは違う》の終盤のフレーズを、殊更に強調して届けるのであった。

「今日は、3月13日の振替公演。この日を迎えることが出来て本当に嬉しいです! 今日は、アニバーサリー・ツアーのファイナルでもあります。たくさんの曲をやりますので、どうか踊って歌って、最後まで楽しんでください」。豊かなバンド・サウンドでストレートなロックンロールが響き始める。それにしても、元春の力強い歌はどうだ。“ガラスのジェネレーション”でそれはより明らかになった。かつてその曲は、メロディと若い頃の彼の歌声によって鮮烈な印象をもたらしていた。それが、今はより渋味を増した声なのに、同じメロディをがっちりと歌いこなせてしまうおかげで、なにか迫力のようなものを備えている。僕の席のすぐ近くでは、親に連れられた小さな女の子が、曲に合わせて座席の上で飛び跳ね、手を叩き、歌声の発せられる一点を目を丸くして見つめていた。凄い。

「30周年ツアーのファイナルということで、こんなふうにいろんな曲をやりながら、80年代、90年代のことを思い出しています。80年代に僕はニューヨークに行って、この曲を作りました。“カム・シャイニング”」。さっきまで8ビートのロック・ナン バーを立て続けに演奏していたザ・ホーボー・キング・バンドが、一転 してファンキーに迫るグルーヴを放ち始める。そして元春はハンド・マ イクでステージ上を歩き回りながら、むしろ当時よりもスムーズでキレ のよい、まさに的を射たという印象の経験値が活かされたフロウでラップする。長田進の鮮やかなギター・ソロへ導き、オーディエンスのハンド・クラップを誘い、昂ったシャウトを繰り出して今度はパーカッションの効いた“コンプリケイション・シェイクダウン”へと繋ぐ。まるで佐野元春が築き上げてきたソングライティングとボーカル技術の歴史を、時系列に沿って、楽曲単位ではなく「成果単位」で見せてゆくようだ。サックスのソロに合わせてタンバリンを叩き、Dr.KyOnのオルガン・プレイにサインを送る。続く“99ブルース”の、バンドによるニューオーリンズ・ファンクのようなアーシーなグルーヴも素晴らしかった。

またここで空気が一変、循環するコードで、バンド・サウンドが折り重なって押し寄せてきた。元春の声は、それを切り裂き突き抜けるようにして“欲望”の歌詞を吐き出してゆく。楽曲に呑み込まれながら、差し込んでくる一筋の光のようなフルートのメロディを見つけ、ようやく抜け出せたと思ったら“ナポレオンフィッシュと泳ぐ日”が始まっていた。解き放たれたように客席から溢れ出すハンド・クラップとシンガロングが、今度は逆に場内を満たしてゆく。

「新しいアルバムを出しました。昔の曲を、今の気持ちで歌ったアルバムです……なかなか良く出来たんじゃないかと思います。そこから何曲か」。元春のMCは美しい。当たり前のことを言っているようで、不足や無駄がまったくない。磨き抜かれた宝石の輝きのように、強い印象だけを残す。そして、『月と専制君主』というアルバムは、まさにそういう作品だったのではないかと思う。彼の音楽は、衝動と飽くなき向上心によってメロディとアレンジが徹底的に練り込まれ、言葉を詰め込まれ、決して口当たりの良さだけには終始せず凸部が必ずあった。しかし甘いモータウンのように生まれ変わった“ジュジュ”も、フリューゲル・ホルンとフルートが柔らかいメロディを添えてゆくMPBのような“ヤングブラッズ”も、歌の本質を損なわずに磨き抜かれ、かつてとは違う輝きを放っている。“月と専制君主”に“ワイルド・サイドを歩け”に似たコーラスが入るのは、歌詞に引っ掛けた洒落だろうか。ちょっと穿った見方をすると、決してヒット曲を取り上げたとは言えない『月と専制君主』は、ファンが「磨かれて名曲になった曲たち」と再会する作品だったのではないかとすら思う。

僕は昨年、久しぶりに行われたスポークンワード・セッションを観て、やはり佐野元春は一度、本格的にシーンのど真ん中目掛けてこの凄まじいスポークンワードを提示すべきなのではないか、そうすればシーン全体の、音楽と言葉の関係性の価値観がひっくり返され、劇的な進歩が見られるのではないかと思った。むしろ何年もそう思っていた。しかし彼はそうしないのだ。彼はずっと、人々がいつでも胸にしまいこんで口をつくことができる音楽、つまり「歌」を作ろうとしている。ロックンロールも、ラップも、磨き上げられた『月と専制君主』も、すべては30年のそのための成果なのである。歯が浮くので絶対口では言えないから書くが、それは音楽を必要とし音楽を愛する人に向けられた、佐野元春の優しさである。いや、スポークンワードについては今でもちょっと期待しているけど。

「30年やってきて一番嬉しかったことは、素晴らしいミュージシャンたちと出会ってきたことです」と、ここでステージにはザ・ホーボー・キング・バンドのオリジナル・ギタリスト=佐橋佳幸も招き入れられ、パフォーマンスが進められる。先ほどの小さな女の子が、「モトハルー!」と声を上げて周囲に笑顔の輪を広げていた。“君を連れてゆく”は、今の日本にこそ届けられるべき大名曲だ。しかしその直後の“ロックンロール・ナイト”は真に圧巻であった。小節から零れ落ちるような言葉を迸らせ、ウオオオオー!と雄叫びを上げながら物語を転がしてゆく。なぜだろう、この日訃報が伝えられたクラレンス・クレモンズのことを僕は思い出していた。もしかしたら元春もそうだったのではないか。ピアノの伴奏で切々と歌い、静寂が訪れ、そこから際限なくクレッシェンドしてゆくサウンドに客席では無数の拳が突き上げられる。そしてフィニッシュに、もう一度大きなシャウトが轟いた。これが、佐野元春だ。

この後の名曲連打はもう、蛇足というわけではなくひたすら絶頂なのだが、“約束の橋”も“ヤング・フォーエバー”も“ニュー・エイジ”も、なんかコールドゲームが成立しているのに一向に止まらない打線とか、周回差をつけているのにまだ全力疾走をやめないトップランナーを見ているようだった。なんで開演から2時間が過ぎてジャンプとか、体のキレが増しているんだ。歌詞もサウンドも身振りも、すべて「大人げない」という言葉がぴったりである。

「ファイナルってことで、何かいつもと気分が違います(笑)……僕はときどき思うんです。どんなにいい曲を書いても、それをみなさんが見つけてくれなかったら、そんな曲はなんでもない。次にやる曲は80年代の前半に、半年かかって書きました。どうしても、曲の一番いいところに言葉が降りてこなくて。実は2枚目のアルバム『Heart Beat』に入れようとしていたんだけど間に合わなくて、その次のシングルになりました。みなさんがこの曲を見つけてくれて、僕は心から嬉しく思います。やがてこの曲は、僕が書いた曲なんだけど、皆さんの曲になりました……でも待って! やっぱり僕の曲だよ! もし知ってたら、一緒に歌ってください」。佐野元春55歳、お茶目である。そして万感の“サムデイ”大シンガロングとなるのだった。

「結構な時間だけど、僕らまだ元気だよね? 昨日、東北のファンの方からメールが届きました。たぶん、この会場のどこかにいると思います。そこにはこう書いてあった。《今夜は楽しみたいです》。みんなそう思うだろ!?」と本編最後は余りにもフリーダムなマイク・パフォーマンス(そこにきっちり間の手を入れてゆくオーディエンス)と、膝から床に滑り込みつつギターを弾きまくる“悲しきRadio”だ。「ロックンロールは世代を超えるって? 本当かな? 今夜ここでそれを証明してみないか! みんなの力をちょっとだけ借りて」。お馴染みのコール&レスポンス《愛し合う気持ちさえ分け合えるなら、I Love You!!》《You Love Me!!》がこだまする。そしてステージ上の全員が一列に並び、順にコールを受ける。「スパムはこの1か月で20キロ痩せたんだ(笑)素晴らしい眺めです! ザ・ホーボー・キング・バンド!」と去っていった。

アンコールは、いきなりの到達点にして出発点、デビュー・シングルの“アンジェリーナ”だ。プリミティブなロックンロールを全速で駆け抜け、連続ジャンプで決めてみせる元春。まだまだ元気である。「ファイナルってことで何か言おうと思ってたんだけど、演奏の途中で言うと失敗しそうなんで、ちゃんと紙に書いてきました……」。以下、百パーセント正確な聴き取りではありませんが、ご了承下さい。

「音楽がなくても生きていけるけど、音楽があったおかげで、見える景色が広がりました。若葉の頃から始めた音楽で、得たり、なくしたりをくり返しながら、出会った人々すべてに支えられてここまでやって来れました。僕の作った音楽を愛してくれて、本当にありがとう」

そして今度はPAやローディーら、ツアー・スタッフの名前も全員フルネームでコールされ、今回の公演は幕を閉じた。夢のような3時間。3時間もやったのに、16時にスタートして19時に終了したものだから、ホールの外はまだ薄明るかった。佐野さん、あらためて、30周年おめでとうございます。今後も、更なる活躍を楽しみにしています。(小池宏和)


セット・リスト

1:CHANGES
2:君をさがしている
3:ハッピーマン
4:ガラスのジェネレーション
5:トゥナイト
6:カム・シャイニング
7:コンプリケイション・シェイクダウン
8:99ブルース
9:欲望
10:ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
11:ジュジュ
12:月と専制君主
13:レインガール
14:SPIDER CODE
15:ヤングブラッズ (月専Ver.)
16:観覧車の夜
17:君を連れてゆく
18:ロックンロール・ナイト
19:約束の橋
20:ヤング・フォーエバー
21:ニュー・エイジ
22:新しい航海
23:SOMEDAY
24:悲しきRadio
EN:アンジェリーナ
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