宇多田ヒカル@横浜アリーナ

宇多田ヒカル@横浜アリーナ
宇多田ヒカル@横浜アリーナ - pics by 三浦憲治pics by 三浦憲治
宇多田ヒカル、年内いっぱいで活動休止に入る前の最後のライブ、横浜アリーナ2デイズ「WILD LIFE」の2日目。の、ライブレポートなのですが、これ、どう書いたらいいものなんだろうか。
そもそもライブレポートって、何のために書かれるのか。ふたつあると思います。ひとつめは、観れなかった人に、「こんなライブでしたよ」とお知らせするために。ふたつめは、観た人が、あとで読んで「ああ、こいつは観てこんなふうに感じたり考えたりしたのか」ということを知って、楽しむために(だから楽しめるだけのことを書かなきゃいけないんだけど)。
しかし。この「WILD LIFE」の場合、ひとつめの役割が限りなくゼロに近い。周知の通り、1日め=8日の公演は、映画館で生中継(64ヶ所で70スクリーンだそうです)、プラス、Ustreamで全世界生中継だったので。つまり、おそらく国内史上最大の「生じゃなくても観ようと思えばなんらかの形で観れるライブ」だったので。ということです。
正直、これまでも、スペースシャワーとかMUSIC ON! TVの生中継や、Ustreamが入っているライブのレポートを書く時は、「これ、ひとつめの意味、ねえよなあ」と思うことはありましたが、今回ほど強くでっかく強烈にかつ鮮やかに、それを感じたことありません、私。
いや、それでも、事情があって、僕は私は映画館でもUstreamでも観れなかったんだ、という方もいるでしょうが、そんなあなたのために、スカパー!で1月22日、スペースシャワーで2月に、放送があります。どうよ。ますますもって書くことないよ。

なので、具体的に、これこれこういうライブだったとか、こういう演出だったとか、そういう「観ていたらわかる」ことは、書くのやめます。アリーナのどまんなかに組まれた、円形ステージでのライブだったとか。そのステージの床が上がったり下がったりするとか。で、マニュピレーターとかプロトゥールズとかキーボードとかが4名、ストリングスチームが8名、ギター&ベース&ドラムチームが3名というバンド編成で、それが曲によって上がったり下がったり(つまり出たりひっこんだり)して、初めて全員が揃ったのは15曲目だったとか。バンドは全員ステージの中央を向いて演奏していて、そのまんなかで宇多田ヒカルが歌うとか。オープニングの映像は「ぼくはくま」のくまが、くま型宇宙船を操縦していて、隕石にぶつかって、アフリカあたりの草原に落っこちて、海辺に行って、そのくまが頭の部分を脱いだら中身は宇多田本人だった、とか。1曲目の“Goodbye Happines”と2曲目の“traveling”はハウス・マナーで、つまり曲がつながった形でプレイされたとか。8曲目や15曲目では、宇多田、ピアノを弾きながら歌ったとか。18曲目では天井から、ハート型の紙吹雪がハラハラと降ってきたとか。20曲目は、昨日もやったビートルズのカヴァーで、自分とギタリスト、アコギ2本の弾き語りで歌ったとか。昨日がジョン・レノンの命日だから、とか(でも時差があるから正しくは今日ですが)。
などを、メモりながらライブを観ていたのですが、そのへんはもう、省きます。詳しく知りたい方は、スカパー! かスペシャの放送をどうぞ。公式サイトの「ニュース」んとこに、情報があがっていますので。こちらです。http://www.emimusic.jp/hikki/

あ、あと、曲目ぐらいは書いておこう。レコード会社から送ってもらったプレスリリース、そのままコピペしときます。

01. Goodbye Happiness
02. traveling
03. テイク 5
04. Prisoner Of Love
05. COLORS
06. Letters
07. Hymne à l'amour ~愛のアンセム~
08. SAKURAドロップス
09. Passion
10. BLUE
11. Show Me Love (Not A Dream)
12. Stay Gold
13. ぼくはくま
14. Automatic
15. First Love
16. Flavor Of Life -Ballad Version-
17. Beautiful World
18. 光
19. 虹色バス
アンコール
20. Across the Universe  (※The Beatles カヴァー)
21. Can't Wait 'Til Christmas
22. time will tell

はい。では、ふたつめの方、「ライブを観て、こいつはどう思ったのか」です。
とにかくもう、めちゃめちゃいいライブだった。そして、とにかくもう、めちゃめちゃせつないライブだった。
お客さんもだけど、誰よりも宇多田ヒカル本人が、せつなかった。せつない表情と、せつないアクションと、せつない音と、せつない演奏と、せつない声でもって、せつない歌を歌っている。終始、そういうライブだった。
僕はこれまでに、活動休止ライブとか、解散ライブとかを、今日のこの横浜アリーナよりも大きな規模のものも、小さな規模のものも含め、何度か観たことがあるが、これほどまでにせつない休止(もしくは解散)ライブ、初めて体験した。とまで言っていい。
普通、ライブが後半になれば、せつない気持ちや悲しい気持ちはもちろんありつつも、せっかくだからパーッとアガってシメましょう、湿っぽくならずに楽しく終わりましょう、みたいなモードに、ステージの上も下も、なるものだ。いや、このライブも、手拍子が起きた11曲目“Show Me Love”から12曲目“Stay Gold”あたりや、画面に歌詞が出て手拍子&シンガロングになった13曲目“ぼくはくま”や、ダンス・タイムに突入した14曲目“Automatic”のあたりは、本来ならそういう「パーッといきましょう」的なことになる時間帯だった。で、なったことはなった。なったけど、それでも「せつなさ」が「楽しさ」に勝っていた。ステージの上も下も、けなげに、一生懸命楽しむ、みたいな空気だった。

そもそも、パーティー・チューンみたいな楽しい曲、宇多田ヒカルにはあんまりなくて、どれもせつない歌ばかりだから、そうなる。というのは、まずある。あるいは、一聴すると前向きだったり、あたたかかったり、やさしかったりする曲でも、同時にその中に孤独や悲しみもがっちり描く人だから、そうなる、というのもある。《大好きだから ずっと なんにも心配いらないわ/無邪気に笑ってくださいな いつまでも》というフレーズと《悲しいことは きっと この先にもいっぱいあるわ/傷つくことも大事だから》というフレーズがまったく並列に歌われる“Stay Gold”なんかが、そのいい例です。
が、そういうことよりも、何よりも、宇多田ヒカル本人が、今ここで、せつない気持ちでいっぱいになっていた、そしてそれを隠さずそのまんま出していたから、切ないライブになった。と、僕は感じた。
で、それがすごくよかったし、感動的だったし、だから同時に、「ああ、必ず戻ってくるわ、この人」と感じさせてくれた。

今回のこの休止前ラストライブを知った時、きっと多くのファンは「え、やるの?」と、驚いたと思う。だって、そもそも、ライブあんまりやんない人だから。普通アルバム出せばツアーやるもんだけど、その「普通」がない、つまりリリースしてもライブやらないことが珍しくないアーティストで、こっちもそれに慣れていたから。つまり、ライブに重きを置いていないタイプのミュージシャンだ、ということだ。
もっと言うとですね。そういうアーティストなので、宇多田ヒカルが聴き手に及ぼすものについてはわかってるつもりだけど(自分が聴き手なので)、逆に、聴き手が宇多田ヒカルに及ぼすものについては、僕はよくわかっていなかったのだ、と思う。
一対一でこちらにアクセスしてくるのが宇多田ヒカルの音楽で、その受け取ったものをどうするかは、個々で考えなさい、みたいな表現だ、と思っていたところがある。だから逆に、聴き手からのフィードバックは、そんなに求めていないんじゃないかなあ。そりゃあ何かが返ってくればうれしいだろうけど、それをとてもシリアスに欲しているということは、ないんじゃないかなあ。すごく「ひとりである」ことを引き受けてるアーティストだから、そのへんもそういう感じなんじゃないかなあ。ライブあんまりやらないのも、だから、そういうことなんじゃないかなあ。というふうに、思っていたのでした。

違った。ということが、とても表れていたライブだった。
7曲目“愛の讃歌”(に、自分で日本語詞をつけたものでした、これ)を歌う前のMCで、客席から、「ヒッキー!」と声をかけられた宇多田ヒカルは、「あたしがおばさんになっても、ヒッキーって呼んでもらえるのかなあ、みんなに。おばさんになったら、ライブやろう」と言った。そして、本編ラストの“虹色バス”をやる前のMCでは、「別に引退するわけじゃないんだよ? まだ契約も残ってるから、作品も出すんだ。でも、ちょっとの間、お休みするから、ライブもできなくなると思うと……」と、声を詰まらせた。あなた、そんな、感極まるほどライブやってこなかったじゃん。と思いながら、同時に、さっき書いたみたいな、宇多田ヒカルに対する自分の認識が、すんげえ間違っていたことを思い知った。
そのあと彼女は、客席からの「待ってるよー」という声に、「信じてる」と答えた。で、これは有名なヒット曲とかじゃないけど、すごく好きな曲であることと、わかり合うことはできない人同士だって、嫌い合ってる人同士だって、実は似たような、同じ感情を持っているんじゃないかと思う、ということを告げた上で、“虹色バス”を歌った。

来年から休むっていうのも、休んで何をしたいっていうわけじゃなくて、自分を見失いかけた時期が、長いことあった。自分を大切にしていなかった。自分を大切にできないのに、他の人たちを大切にしようとするのは、ただの依存だなと思って。自分を大切にして、まわりの人も大切にしようと思う。というようなことを、アンコールのMCで、本人は語った。「ありがとうー!」という声に応えて、「こちらこそ本当にありがとう。なんか不思議な気持ちだなあ。すごく、すごく、みんなの愛を感じます。ここにいて幸せ」とも言った。そして、15歳の時に作った、一番最初の曲“time will tell”を歌ってライブをしめくくり、ステージの円周部分をぐるっと回りながら客席に手を振り、円形ステージのはしっこにマイクを置いて、花道を歩き、最後に、せつなさも、うれしさも、悲しさも、喜びも、もうあらゆる感情がスパークしたみたいな、なんともいえないいい顔で、深々とお辞儀をして、ステージを去った。
自分が、宇多田ヒカルの音楽を必要としているように、宇多田ヒカルも自分のことを必要としている、あそこにいた人はみんな、それを実感したんじゃないかと思う。いなかった人もか。映画館やUstreamで観ていた人も含めて、です。だから、あの、ライブの頭から最後まで貫かれていた怒涛のようなせつなさは、イヤなものではなかった。心地いい、そして、ある種、うれしいものだったように思う。

復帰したら、もっといっぱいライブをやるアーティストになるんじゃないか。ちょっとそんな気がした。気長に、楽しみに、待っています。(兵庫慎司)
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