マニック・ストリート・プリーチャーズ/カール・バラー @ 新木場スタジオコースト

およそ2時間弱のライブ中に、ジェームスとニッキーは何度も「COME BACK」と口にした。それは昨年のNANO-MUGEN FESへの出演キャンセルを踏まえての「COME BACK」の想いがもちろんあっただろう。しかし、3年ぶりの来日公演、単独来日としては『ライフ・ブラッド』ツアー(2005)以来実に5年ぶりとなる今回の来日ツアーは、『センド・アウェイ・ザ・タイガーズ』以降のマニックス第3の黄金期と言っても過言ではない彼らの今の雄姿を、ついに日本のファンが目の当たりにできる機会となった――その意味合いにおける「COME BACK」が最も強かったのではないだろうか。

90年代半ば以降のマニックス史において、初めて商業的に苦戦した『ライフ・ブラッド』(このアルバムは極めてパーソナルな一枚だったのだから当然だ)の後、『センド・アウェイ・ザ・タイガーズ』から最新作『ポストカーズ・フロム・ア・ヤング・マン』に至る流れの中で再び商業的成功を手中に収め(3枚が全てが全英3位内に入っている)、UKシーンの最前線に復活した大御所マニックスの本来的なスケールを改めて確認する、この日のステージはそんな一夜になったと言っていい。

そんな今夜、オープニング・アクトを務めたのはご存じカール・バラーである。カールのステージは前回来日のすっちゃかめっちゃかだったインストア・ギグから一転、キーボードまで引き連れての堂々たるバンド・セット。ハンドマイクで新作からのナンバーを朗々と歌い上げるその様は完全に新モードで、リバティーンズ~ダーティ・プリティ・シングスを経て初めて「ソロ」にリーチしたカールの覚悟が垣間見える内容だった。

ラストはこの日唯一のリバティーンズ・ナンバー、“ドント・ルック・バック・イントゥ・ザ・サン”。この曲がキーボード込みで演奏されたのは初じゃないだろうか。異様にちゃんとしていて異様にポップでびっくりさせられる。ちなみにこの日のライブ前にはニッキーとカールの対談を行ったのだが、これまた異様に盛り上がった。その模様はロッキング・オン年末号に掲載予定なので楽しみにしていて欲しい。

30分の転換を挟み、いよいよマニックスが登場する。オープニング・ナンバーはいきなりの“ユー・ラヴ・アス”!そしていきなりの大合唱!“享楽都市の孤独”のサビの大合唱も凄かったが、ギチギチの超満員となったこの夜のコーストにはハードコアなマニックス・ファンしかいない、ハードコアなファンだけでキャパ4000近いコーストを埋め尽くしてしまえるほどマニックスと日本の彼らのファンが未だ強い絆で結ばれていることを瞬時に理解できる圧巻の幕開けだった。

最新作『ポストカーズ~』からの最新アンセム“ジャスト・ザ・エンド・オブ・ラヴ”がそんな祝祭モードにさらに拍車をかける。爛れた衝動と共にのたうちまわる初期のパンキッシュなナンバーと、『エブリシング・マスト・ゴー』以降のシンガロング系のビッグ・アンセムが、『ポストカーズ~』のポジティブでオープンマインドな彼らの最新モードの下で美しく歩調を合わせて爆発していく。

相変わらずジェームスは細うで繁盛記ならぬ太うで繁盛記な大活躍で、くるくる独楽のようにステージ狭しと暴れまわりながらリード・ギターもリズム・ギターも全部ひとりで弾きまくる驚異のスーパー・プレイヤーっぷりをいかんなく発揮。「実務」と「パワー」のジェームスと「知性」と「イメージ」のニッキーという明確な住み分けは、デビュー以来不変のマニックスの構造である。この日も軽トラ一台くらい余裕で修理しそうな質素な作業着姿のジェームスと、ド派手な装飾の施されたマイクスタンドを前に豹柄コートを着込んで佇むニッキーの対比は鮮烈だ。
 
中期~後期のナンバー中心に構成されたショウの中盤は、これまたマニックスの十八番である泣きメロを存分に聞かせるゆったりした悠久のセクション。こういうナンバーがあるからこそ彼らはイギリスで国民的バンドに上り詰められたのである。マリアッチみたいなトランペットがインサートされる“オーシャン・スプレー”は出色の出来だ。

「次はとても古い曲をやるよ」とニッキー。しかもクラブチッタ川崎でやった初来日公演の思い出、そして当時のリッチーの思い出を唐突に語り出すものだから、どうにも涙が止まらなくなってしまう。始まったのはもちろん“モータウン・ジャンク”だ。こんなにド派手でポジティブなカタルシスに塗れた“モータウン・ジャンク”を初めて聴いた気がする。気力体力がMAXに充実した今のマニックスがそうさせたのだろう。

彼らが、私達がリッチーを失って15年が経った。この日のカールとの対談の中でリッチーの思い出を平静に、時に笑顔を交えながら語るニッキーを目の当たりにして、ひょっとしたらもう彼らの中でリッチーは「終わった」過去として受け入れられているのかもしれないと思った。しかし、「リッチーがいない」という事実を受け入れて忘れることと、その事実を受け入れてその状態をバンドの常としていくことの間には大きな差がある。

そしてこの日の“モータウン・ジャンク”が伝えていたものは、間違いなく後者である。今のマニックスはリッチーのいない「不完全」こそが自分達のあるべき姿であると確信しているんじゃないだろうか。ステージ上のジェームスの向かって左隣には、今なお不自然な空間がぽっかりと空いている。それはリッチーが帰るべき場所を空けて待っているようにも、永久欠番的な空間にも捉えることができるものだ。
 
ここでジェームス以外のメンバーが一度退場し、ジェームスのアコギ弾き語りによる“ステイ・ビューティフル”が始まる。アンコールをやらない代わりのブレイクだ。恒例のオーディエンスの「FUCK OFF!」の合いの手も完璧に決まり、アコギ・セクションとは思えないほどの熱量をキープしたまま、再びバンド・セクションへとなだれ込む。ニッキーはこれまた恒例のミニスカートに着替えている。無駄に美足。無駄にパンチラ。そうだった。この人は世界一豹柄の似合うベーシストであり、世界一女装の似合うベーシストでもあった。“ファスター”、“ゴールデン・プラスティチュード”、“ツナミ”ときて、フィナーレは“デザイン・フォー・ライフ”!! コーストはもちろん大ホッピング大会になる。

なんだろう、本当に久々に完全体のマニックスを見ることができたライブだったんじゃないだろうか。内省の季節に別れを告げ、『ホーリー・バイブル』10周年の再評価を経て、リッチーの歌詞を全面的にフィーチャーした『ジャーナル・フォー・プレイグ・ラヴァーズ』のリリースを経て、直近5年間でマニックス自身が見つめ直し再考した彼らの真価が遂に露わになった記念すべき日――この日はまさにそんな夜だったのだ。(粉川しの)
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