YUI@日本武道館

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YUI@日本武道館 - pics by 古溪 一道 / KOKEI KAZUMICHIpics by 古溪 一道 / KOKEI KAZUMICHI
そのホテルの大きな窓(=巨大ビジョン)からは雄大なアルプスの景観を望み、広がる青空には時折、鳥が舞っている。突如、窓の向こうの空には暗雲が立ちこめ、激しい雷雨が訪れた。ラジオの臨時ニュースは、山中のホテルへと向かうたったひとつの道程で橋が壊れ、通行止めになってしまったことを伝えている。不意のアクシデントが巨大な閉塞感・孤立感と化して、取り残された宿泊客に襲いかかるのであった。そこでホテルの支配人は一計を案じる。たまたま滞在していたツアー中のロック・バンドに、宿泊客を楽しませるために演奏してもらえないか、と申し出たのだ。姿を現したYUIの「なんか大変なことになっちゃいましたが、『HOTEL HOLIDAYS IN THE SUN』、盛り上がっていきましょう!」という凛とした声に、割れんばかりの喝采が沸き上がる。

YUIの最新ツアーはそんなふうにして幕を開けた。自然の脅威という身近なテーマを用いながら、避けようのない閉塞感・孤立感に立ち向かうための武器として音楽が求められるという、ロック・バンドがロックする絶対的な根拠をステージのコンセプトにしている。完璧だ。まるでデヴィッド・ボウイみたいだ。休養後の復活シングル曲“again”で響き渡るダイナミックなツアー・バンド=e.u.Bandのサウンドと争うようにして、打ちつける雨と激しい稲光は更にその勢いを増してゆく。負けじとYUIは「ブドウカーン!!」と芯の強いシャウトを放ち、今度は“Rolling star”を繰り出すのだった。“It’s all too much”が演奏される頃には窓の外の雲は晴れ、丸い月が顔を覗かせる。そして次第に空は夜明けに向けて白んでいくのだった。

いきなり強力なロック・ナンバーを畳み掛けた後は、温かでカラフルなポップ・ソングの数々も披露される。スタッフたちが客席に向けて無数のフリスビーを飛ばしてスタートした“Laugh away”でYUIはエレクトリックからアコースティック・ギターにスイッチし、そしてやたらにファンキーな演奏の“Parade”へ。「《YUIです》って言うの忘れてました、YUIです!」とお馴染みの挨拶を挟んで、“Cinnamon”は歌詞とシンクロした内容の実写アニメーションが映し出される。「ここで一度座って、ゆっくり観て下さい。そばにいて欲しい、というストレートな思いを歌ったラブ・ソングです」と告げた後には切なく美しいメロディの“Please Stay With Me”がプレイされる。YUIが時折繰り出す率直な美メロを聴くと、メロディが「甘い」のと「美しい」のとではまったく違うことなのだな、と気付かされる。彼女の楽曲には強靭な意志が宿った激しいロック・ナンバーやカラフルなアレンジのハッピーな歌も多いが、率直でプライベートな、深い悲しみや切なさをたたえた歌を歌うときは、胸を掻きむしるほどに美しいメロディが剥き出しになる気がする。

突如、ステージ上に置かれたピンク電話がリリリリン、と鳴り響いた。「え、どうしよう。出てもいいですか?」と戸惑いながらも受話器を取るYUI。この電話はホテル滞在中のYUIとバンドの安否を気にかける知人からのもので、各地の公演で異なる人物が登場してきたようなのだが、今回の電話の主はなんと竹内結子だ。これにはオーディエンスも大喜びである。「大丈夫!? でもさあ、電話、通じてるよね」。ごもっとも。挙句の果てには、台湾土産のパイナップルケーキがあるから取りに来てよ、とか普通の話になってしまうのがおかしかった。さてここで、アコースティック・ギターやカホンを絡めたアコースティック・セットで“How crazy”もプレイされる。“Love is all”でのクリスピーな節回しでハイトーン・ボイスを聴かせるYUIは、その一瞬後に爽快感に満ちたような、なんとも言えない表情を浮かべていた。「この中で、上京してきたという方はどれくらいいらっしゃいますか? 不安だったり期待があったりしたと思うんですけど。私は上京してきて、素敵な出会いがあって、幸せなこともいっぱいあって、本当に感謝しています……ダメダメ、感動しちゃってますけど、初心に戻って“TOKYO”を聴いてください」。ややゆったりめのテンポでアレンジされたその歌を、切々と、噛み締めるようにして歌うYUIであった。

「ここで、演奏して欲しい曲のアンケートを募りたいと思います。“CHE.R.RY”? “I’ll be”? “Happy Birthday to you you”? “Kiss me”? “SUMMER SONG”? これで5曲。どうしよう……」と迷っているところに、ルーレット型のダーツ盤が運び込まれた。ルーレットには、先の5曲のタイトルが書き込まれている。仕込みとはいえ、人気曲がズラリと並んでいることに間違いはないだろう。今回、YUIが投げたダーツは“I’ll be”に当たったのでそれが披露されたのだが、凄いのはこの選曲である。どれも人気曲なので、普通に考えたらすべてが「やらなければいけない曲」のはずなのだ。もちろん、他の4曲にしてもがっちりとe.u.Bandでリハーサルしてあるのだろう。つまり、人気曲を削って演奏曲をルーレットに委ねてでも、描かれなければならなかった確固たる世界観が『HOTEL HOLIDAYS IN THE SUN』にはあるということだ。

橋が復旧した、という旨の臨時ニュースが入り、「じゃあみんな、早く帰った方がいいかなあ?」とYUIが呟くのだが、宿泊客=オーディエンスは無論、帰ろうとするはずもない。ここからの、怒濤のパーティ・ロック・チューン連打と化すクライマックスは凄かった。YUIが「フワアッ!!」とシャウトしながらのパンキッシュな“Never say die”から、バンド・メンバーをはじめダンサー・チームもおしゃれゴーグルを装着しオーディエンスを巻き込む振り付けが披露された“es.car”。そして“I do it”“Tonight”というゴリゴリのロックでヒート・アップしてゆく。最後はアルバム『HOLIDAYS IN THE SUN』きっての多幸感に満ちたシンガロング・ナンバー“Shake My Heart”。これが『HOTEL HOLIDAYS IN THE SUN』だ。ハンド・マイクで駆け出そうとするYUIが「わ」と躓いて転びそうになってしまうのだが、笑いながらシンガロングを求めて再び走る。実に美しいライブ本編だった。

アンコールに応じて再び姿を現したYUIは、髪を後ろに束ねていて一人、キーボードに向かった。ピアノ弾き語りによる“to Mother”。濃い親子関係の中で育ってきたYUIの、極めてパーソナルなメッセージ・ソングであり、曲が、歌そのものがYUIとして歴史に残されてゆくナンバーだと言える。RO69にも掲載して貰ったこのシングル曲のディスクレビュー(http://ro69.jp/disc/detail/35415)の中で、僕は「シンプルな感情の形を押し付けて現実を誤摩化そうとする世界を、突破するための大切な力が、この曲にはある」と書いた。ロックとはそういうものだ。そしてステージはバンド・セットに戻り“Driving Happy Life”へと連なる。運転免許を取得したYUIが、オープンカーで国道134号線を下る映像が流されていた。七里ケ浜ではYUI自身が出演した映画『タイヨウのうた』のロケに使われた場所を右手に望んだはずだが、彼女は気付いただろうか。さきほど振り付けを踊った“es.car”も本来は江ノ島が舞台になった歌だし、YUIと湘南って、意外と縁深い気がする。

そして新曲“Rain”。エモーショナルなメロディの、決別の意志を綴った一曲だ。さらには『YUI RADIO』に登場する茂蔵から電話が入り、「BOSSが、大人になったYUIの“CHE.R.RY”が聴きたい、と言っている」というリクエストに応じる形で、急遽プレイされることになった。キラキラしたサウンドとキュートなメロディが弾ける。e.u.Bandの面々が順に一言ずつ挨拶をして、ファイナル公演を惜しみながらも“GLORIA”を披露していった。アンコールの最後には、YUIが一人きりでキャンドルに火を灯し、あぐらをかいて座る。なんと生ギター、マイクレスの歌による“Good-bye days”だ。ストリート時代からの、彼女の表現の原点となるスタイル。それを武道館でやる。一階席の僕にはギターは残念ながらほとんど聴こえなかったけれど、YUIが吐き出すメロディと言葉は、しっかり伝わってきた。歌で、向き合ってくれた人々に思いを伝える、という一点において、YUIは決してブレない。コンセプトや楽曲のテーマも含めて、YUIという表現者の姿勢がまた、くっきりと明らかになったステージであった。(小池宏和)

セット・リスト
1:again
2:Rolling star
3:It’s all too much
4:Laugh away
5:Parade
6:Cinnamon
7:Please Stay With Me
8:How crazy
9:Love is all
10:TOKYO
11:I’ll be
12:Never say die
13:es.car
14:I do it
15:Tonight
16:Shake My Heart

EM-1:to Mother
EN-2:Driving Happy Life
EN-3:Rain
EN-4:CHE.R.RY
EN-5:GLORIA
EN-6:Good-bye days
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