シンプリー・レッド @ 東京国際フォーラム ホールA

フェアウェル・ショウ・イン・ジャパン」と題された今回のシンプリー・レッドの来日公演は、年内でその活動に終止符を打つシンプリー・レッドが日本のファンに文字通りお別れを言う、彼らにとって最後の来日公演である。この日本公演の後にはオセアニアをツアーし、最終的に12月のロンドン公演をもってシンプリー・レッドは25年のキャリアに本当に幕下ろすことになる。

80年代英国が生んだブルー・アイド・ソウルの雄、シンプリー・レッド。デビュー以来25年、全世界で5000万枚以上のセールスを誇る彼らの音楽は、その活動の原点にセックス・ピストルズがあったとは俄かに信じがたいほど常にポピュラー・ミュージックとしての洗練と正しさに満ちたものだったが、その根幹を成すのがフロント・マンのミック・ハックネルである。というか、数え切れないほどのメンバーチェンジを経てきたシンプリー・レッドは、ほぼ100%の意味においてミックのソロ・プロジェクトのようなものであり、その構造は今回のラスト・ツアーにおいても健在だった。余談だが、ミック・ハックネルはセックス・ピストルズの世界最初のライブに居合わせた42人の客のうちのひとりである。

東京国際フォーラムAホールを埋めたオーディエンスは30代後半~40代前半、つまりはシンプリー・レッドの全盛期である80年代後半~90年代後半をリアルタイムで追ってきた層が中心で、開演前にはあちらこちらで「今日のセットリスト予想」が話し合われるなど、最後のステージを前に静かな興奮がさざめき立っている。

ステージ上にはまさに「シンプリー・レッド」な赤の垂れ幕がセットされている。そして赤のライトが足元を照らす静寂の中でおもむろにカウントが始まり、1曲目“Out On The Rage”でショウは幕を開けた。ステージ上の布陣はミック・ハックネルに加えてギター、ベース、キーボード、ホーン&キーボード、ドラムス、パーカッションからなる7人編成。ミックはもちろん楽器は持たず、マイクスタンドも使わず、最初から最後までハンドマイクで歌う。お客に手を振り、アイコンタクトを取りながら、とにかく歌いまくる。

そして、とにかく歌いまくる彼のボーカルがとにかく凄まじいのだ。「無重力ファルセット」と呼ぶにふさわしいミックの声、さすがに年齢に合わせてそれなりの重力も感じるようになってきているが、それにしてもこんな自在に高音を操り、高音域で際限なく音の強弱を調整できる白人男性ボーカリストを私は他に知らない。しっとりしたソウル・ナンバーを重ねるスロウ・スターター気味の前半から徐々にファンキーになっていく中盤にかけて、どんどん彼の喉が温まり、奥のほうが開き、絶好調になっていく過程が手に取るように分かる。
「今日は僕らの25年ぶんのキャリアを振り返るフェアウェル・ショウです。よかったらみなさん一緒に歌ってください」。そんなミックの挨拶も挟み、着席していたオーディエンスも徐々に立ち始め、手拍子や歓声、そして合唱がわきあがってくる。中盤でドロップされた“Holding Back The Years”以降は1階席は最後まで総立ち状態になった。

全18曲で賞味1時間半のステージである。25年のキャリアを誇るスーパー・バンドのフェアウェル・ショウとして考えるとかなり簡潔な内容だったかもしれない。実際、シンプリー・レッドにはこの倍はヒット曲がある。しかし、敢えてエッセンシャルな18曲を抽出し、しかも単なるヒットソング・メドレーではなくショウとしての起承転結をきっちり考えた曲順を持ったショウだったからこそ、彼らがこれまで何を成してきたのかが立体的に描かれる、耐久性と普遍性の高い内容になったと言えるんじゃないだろうか。

そして緩急自在なソウルにスロウなジャズ、ホーンが炸裂するファンクに4つ打ちエレクトロと、シンプリー・レッドを構成する4つの要素がまんべんなく散りばめられたセットリストの「転」から「結」に該当する部分、超名曲“Sunrise”以降の後半戦は息つく間もないスーパー・アンセム乱れ打ち状態に突入する。フェアウェル・ショウを最終的にファン感謝祭として昇華していく強い意思を感じる流れだ。本編ラストはカリプソっぽいアレンジでまさに「カーニバル!」といった趣に仕上がっていた“Fairground”。曲間の手拍子から続くアンコールの拍手が鳴りやまない。

アンコールで登場したのはシンプリー・レッドの元メンバーでもある屋敷豪太だ。今日のショウは事前に“スターズ”を屋敷を迎えてプレイすることがアナウンスされており、大歓声の中迎えられた屋敷はミックとがっちりハグを交わす。「ミックは僕の一番の親友、そして世界一のシンガーです」と語る屋敷がドラムスにスタンバイし、そして“スターズ”へ。シンプリー・レッドの代表曲と言うよりも、90年代前半の英国の代表曲と言ってもいいだろうこのスーパー・ヒット・チューンに乗って、客席に大きなウェイブが広がっていく。ラストはこれまた鉄板の“If You Don’t Me By Now”だ。

「25年に亙る日本のファンのサポートに心から感謝します」、最後にミック・ハックネルはそう言って笑顔でステージを降りた。しんみりする名残惜しさよりも最後を見届けた万感の想いが先にくるような、あまりにも幸福なラスト・ステージだった。(粉川しの)
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