佐野元春 @ 恵比寿リキッドルーム

1980年3月21日、佐野元春はシングル「アンジェリーナ」でレコード・デビューを果たした。その後ビート文学や、80年代の渡米生活の中で出会ったラップといった斬新な切り口の手法を日本語ロックに持ち込み、メッセージ性豊かな数々のヒット・ナンバーを生み出していったのだ。90年代には、インターネットの可能性に目をつけて国内でいち早くオフィシャル・ホームページを立ち上げたミュージシャンでもある。更に00年代は自らのレーベルから素晴らしいポップ・ソングの数々を発表し続ける一方で、「音楽と言葉」を探求する道をひた進んではスポークン・ワードのライブを行ったり、大学の教壇に立ったり、ポップ・ソングの「歌詞」にスポット・ライトを当てたテレビ番組のホスト役を務めていたりする。ベテランでありながら今なお第一線の開拓者。佐野元春の30年とは、イコール日本語ロック/ポップ・ソングの30年なのである。

『30周年アニバーサリー前夜祭「アンジェリーナの日」』と銘打たれた今回のイベントでは、まず開演と同時にレコードの“サムデイ” が響き渡り始める。ステージ上の幕には、これまでのステージ・キャリアの中で行われた“サムデイ”のライブ・パフォーマンス映像がいくつも繋ぎ合わされ、さまざまな時代の元春が“サムデイ”をリレーして歌ってゆく。そしてそれが終わると幕が開き、歓声の中に現在進行形の元春とThe Hobo King Band(以下HKB)が姿を現した。ロックンロールの至芸と呼びたくなるような安定感抜群のHKBのバンド・アンサンブルに乗せて、1980年代の代表曲群を中心とした元春ソングスが歌い出される。

今回のHKBは、ギタリストが佐橋佳幸ではなく長田進なので、HKBとは言いながらももはや半分はザ・ハートランドな、佐野元春・歴代オールスターズといった印象のバンド編成になっている。その長田が閃光のようにブルージーなフレーズを掻き鳴らしてはオーディエンスの歓声が沸き上がったり、またky0nが印象的なピアノのインタープレイを披露して他でもない元春がノリノリになっていたりと、メンバーそれぞれに見せ場を作っているのもいい。今回のイベントはまだ大阪での公演を控えているのでセットリストの詳細は控えるが、後半になって披露された“サムデイ”ではまるで強い照明の光とともにメッセージが体に転写されるような、そういう感覚に陥った。アンコールの最後に元春が“今日は何の日?”とオーディエンスに問いかけてから歌われた“アンジェリーナ”まで全14曲、一時間強という短いセットだったけれども、名曲だけが濃縮されて放たれたパフォーマンスであった。

今回のイベントはライブだけのものではなくて、この後に30周年アニバーサリー企画の全貌をファンやメディア関係者に報告するというオリエンテーションの時間が確保されていた。フロアがオリエンテーション会場用に準備されるまでの間、リキッドルーム2Fのギャラリー・スペースで展開されていた『カフェ・ボヘミア2010』に足を運ぶ。「Alteanative 80’s」という企画で元春のポートレイトを始めボビー・コールドウェルやジョー・ジャクソン、PIL『メタル・ボックス』などのレコード、それに佐野元春監修の雑誌『THIS』や、『宝島』、それに1988年の『ロッキング・オン・ジャパン』佐野元春表紙号などが展示されていた。

そしてオリエンテーションでは、ナビゲーターとしてクリス・ペプラーが登場。「佐野元春の存在がなければ、日本のポップ・ミュージックの景色はまったく違うものになっていたでしょう」と語る。そして、今後展開される、30周年アニバーサリー企画の数々を紹介し始めた。それは以下のようなことであった。

・アニバーサリー・サイトの開設。
・NHK教育テレビ『佐野元春のザ・ソングライターズ』新シリーズ放映。
・ゲスト・ミュージシャンをフィーチャーした、セルフ・カバー・アルバムの発表。
・秋頃から、アニバーサリー・全国ツアー開始。
・ポエトリー・リーディングのライブも全国展開。
・ 堤幸彦監督による、ロード・ムービー風のスペシャル・ドラマ(WOWOW)。NYやブラジルなどで撮影進行中。堤監督、今回の会場にも姿を見せていた。

大きな話題としてはこういうところだが、盛りだくさんである。ひとつひとつに歓声が沸き立っていた。どれも楽しみだが、個人的に最も嬉しかったのはポエトリー・リーディングのツアーが企画されていたことだ。2003年に鎌倉で行われたジャズ・ポエトリーのステージは、後でそのライブ盤を聴きながら、参加しなかったことを死ぬほど後悔した代物だ。今回は這ってでも行く。

と、ここで元春がステージ上に呼び込まれた。30周年を祝う各界からのビデオ・レターが流されたのち、セルフ・カバー・アルバムの企画について、彼はこう語っていた。「いつも新しい、以前と違う作品を生み出さなきゃいけないと思って活動してきたけれど、昔の曲を今の自分が歌うとどうなるのか、興味があります。まあアニバーサリーということもありますし。60曲ぐらい候補に挙がっています。もちろん全部は録音出来ませんが」。なるほど。先刻のライブにおける80年代中心のセットリストも、そういう意図があったのかも知れない。「ユーモアのセンスをもって、厳しい世の中を渡っていきたいと思います」と微笑む元春であった。

そして最後に、質疑応答のコーナーへ。メディア関係者やファンが、元春に質問を投げ掛けた。その幾つかを、Q&A形式で紹介したい。

Q:この30年で、もっとも印象的なことは何でしたか?
A:ザ・ハートランド、そしてHKBを組むことになるメンバーと出会った瞬間です。

Q:この直近の10年間の、キャリアにおける位置づけはどうですか?
A:正直、ソング・ライティングのスピードが落ちています(笑)。無理に書こうとしても、良いものは出来ないんですよ。ただ、30周年を迎えて、やる気にはなっています。

Q:ミュージシャンとしての課題を教えて下さい。どういうふうに年齢を重ねていきたいと思いますか?
A:ロックンロールは、小さい子がおしっこをしたくてソワソワしているようなものだと思っています。歌いたくて歌いたくて仕方がないから歌う。歳を重ねていろいろなことがわかるようになってしまうと、そういう衝動をキープするのが難しくなります。でも、歌いたくなることは、あるんです。それを続けていれば、自然に歳は取ると思います。

Q:デビュー当時「満員電車と魚が苦手だ」と言っていましたが、今、苦手なものは?
A:乾いたモノが、なんか。

Q:先ほど、ロックンロールは「小さい子がおしっこをしたくてソワソワ」だと言っていました。スポークン・ワードはどういうものですか?
A:掘っても掘っても掘り切れないものです。ライフ・ワークです。

Q:母親の影響でファンになりました。16歳です。今のティーンエイジャーに向けて、メッセージをお願いします。(ファン)
A:リアルの充実した生活を送ってください。リア充で。

Q:佐野さんより一回り下の世代で、16歳のときからファンです。最近、娘が“サムデイ”を口ずさんでいたり、ピアノで弾き語りをしたりします。先ほどティーンエイジャーの方に向けてのメッセージがありましたが、それよりもっと下の世代の子にも、メッセージをお願いします。(ファン)
A:良い友達をたくさん作ってください。

風変わりな形式ではあったが、実に素晴らしいイベントであった。もう、語ること自体がロックンロールであり、美しいポップ・ソングであるような、そういう元春マジックのひとときであった。バンド・メンバーとの出会いから始まって、良い友達を作ってください、で奇麗に幕となった質疑応答などは、まったく仕込みなんじゃないかと思ったぐらいだ(単なるミラクルである。佐野元春とはそういう人である)。淡々と穏やかに話しているだけなのに、驚きや笑いがずっと絶えない。長いレポートになってしまったが、この最後のくだりまでをどうしてもお伝えしたかった。(小池宏和)
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