サム・スミス @ 国立代々木競技場第一体育館

圧倒的な「歌声」を体感した夜だった。その場にいたすべての人が、サム・スミスの声の持つ唯一無二の魅力に引き込まれたことだろう。今年5月に予定されていた来日公演が声帯手術のため中止となったこともあり、今回の初来日公演(今年2月の来日でショーケース的なライヴは行っているものの)を皆ずっと待ちわびていた。ついにこの夜、「天使の歌声」と称される、サム・スミスの歌声がステージから届けられる。その期待感に会場内は沸き立っていた。

定刻を15分ほど過ぎ、客席のライトが暗くなると、イントロダクション的にバンドの演奏が始まる。ステージに降ろされた黒幕にスポットが当たり、その奥にサム・スミスの姿が透けて見える。その幕が落ちると大歓声とともに、“Life Support”が始まった。静かな歌い出しからファルセットへ、ライヴでも音源で聴くのと遜色のない、いやむしろアルバムで聴くよりももっと伸びやかな声が会場の後ろの方まで響き渡っていく。続いてギターとベースが心地好いグルーヴを生む“Together”、切ないファルセットで歌い出される“Leave Your Lover”、曲が終わるたびに大歓声と拍手が鳴り止まない。MCでは「コンニチハ!」と日本語で挨拶をした後、「日本語が話せなくてごめんね。でも、遠く離れたこの国で歌えることがどんなにうれしいか」と、笑顔で話してくれた。

さらに“I'm Not The Only One”、“I've Told You Now”と、大ヒット・アルバム『イン・ザ・ロンリー・アワー』からの曲が続き、“Nirvana”での美しすぎるハーモニーには、崇高で、どこか妖艶な気持ちにすらさせられた。会場中が水を打ったようにサム・スミスの歌声に、そしてバンドの演奏に耳を傾けている。その分、曲終わりの歓声がものすごい。

“Restart”では、サム自ら観客に「簡単だから」とステップや振りを教え、前に出てきたコーラスの3人と一緒に軽快なステップを踏んで踊った。この曲、アルバムの中でも個人的にはとても好きな曲なのだが、ライヴでの演奏は本当に素晴らしかった! 楽曲の持つゆるやかなうねりがライヴではよりダンサブルに、よりグルーヴィーに響く。

「ひとりでCDを作った時の気持ちを大事にしたかった」と語った後は、チェロとピアノだけのシンプルなステージ構成。“Not In That Way”から“I Can't Help Falling In Love With You”へと続く流れで、静かに、深く、歌声に酔いしれる。

この声の持つ不思議な魅力は一体何なのだろうと、ずっと考えていた。ハイトーンと言っても声を張り上げるわけでなく、ファルセットだって声の甘さというより柔らかな透明感が勝つ。中低音域の少し物憂げな響きや、余計なフェイクなど入れない(必要ない)歌唱法、すべてがナチュラルで、実際にステージで歌う姿を見ていると、サム・スミスはちっとも力んでいないのがわかる。それであの声量と豊かな表現力を出せるのだから恐れ入る。奇跡の歌声と称される理由は、ライヴでこそより実感できた。加えて、その歌声を最大限に引き立たせる演奏もまた素晴らしいものだった。

ライヴ終盤は、とびきりポップな“La La La”をシンガロング(ここでもフレーズを観客に教えていた)、さらに1stアルバムの1曲目を飾った“Money On My Mind”と畳みかけ、気持ちは高揚したまま本編が終了。アンコールを求める歓声は止むことがなく再びの登場を待つ。

やがてキーボードのイントロが流れ、アンコール1曲目は“Latch”。客席では、アリーナもスタンドも、電源を入れたスマホの光が一面に美しく揺れている。その光景にサム・スミスも「I Love Japan, So Much!」と感動を隠さない。“Make It To Me”では、エモーショナルなヴォーカルとともにギターソロが思いきり切ない気持ちを盛り上げると、最後はいよいよ“Stay With Me”。客席もハンドクラップと大合唱で応える。ステージと客席、良い時間を共有しているという幸福感が会場中に溢れていた。この瞬間がいつまでも続けばいいのに。

約1時間半、全15曲のライヴ。もっともっと聴きたい曲はあったが、この日、この会場でしか味わえない、まさに一期一会なミラクルを感じる夜だった。きっとこの先、サム・スミスの声の魅力やヴォーカル・スタイルはさらに円熟味を増して、魅力的に変化していくことだろう。それはとても楽しみなことだ。と同時に、この瞬間、この刹那にしか鳴らない音、声というものもある。それをベストなコンディションで私たちに届けてくれたサム・スミスとバンド・メンバーたちに心からの感謝とリスペクトを送りたい。(杉浦美恵)

〈SET LIST〉
1. Intro〜Life Support
2. Together
3. Leave Your lover
4. I’m Not The Only One
5. I’ve Told You Now
6. Nirvana
7. Like I Can
8. Restart
9. Not In That Way~I Can’t Help Falling In Love With You
10. Lay Me Down
11. La La La
12. Money On My Mind

En1. Latch
En2. Make It To Me
En3. Stay With Me
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