吉澤嘉代子×曽我部恵一 「東京」と「歌」をめぐる、シンガーソングライター対談

吉澤嘉代子×曽我部恵一

化け猫・娼婦・中学生など、曲ごとに緻密にキャラ設定とストーリーを構築して歌い演じる「妄想系シンガーソングライター」として、唯一無二の存在感を確立してきた吉澤嘉代子。2月17日にリリースされた彼女の2ndフルアルバム『東京絶景』は、マーティ・フリードマン/中尾憲太郎/かみじょうちひろ(9mm Parabellum Bullet)/屋敷豪太/佐藤征史(くるり)など曲ごとに多彩なゲストミュージシャンを迎え、「日常の物語」をカラフルに描ききった快盤だ。そして、吉澤自身も「大切な曲」と語るアルバム表題曲“東京絶景”で、豊潤なアコギの響きを聴かせているのが曽我部恵一。少女時代に魔女修行に没頭していたという吉澤と、彼女の「修行時代」に興味津々な曽我部のふたりによる、「東京」「歌」「空想」を巡る対話から、吉澤嘉代子という表現者の必然性がくっきりと浮かび上がってきた。

司会=高橋智樹 撮影=塚原彩弓

吉澤 初めてライヴを観た時、ピカイチに楽しかった。にじみ出てくる人柄を感じて、惹かれました

曽我部 (吉澤さんは)歌が強いなあって。人もしっかりしてるし、強いものを持ってるんだろうなあと

――曽我部さんも含め、これだけ多彩なミュージシャンが1枚のアルバムに参加しているというのは、なかなか他に例がないと思うんですけど。これは全部、吉澤さんからのオファーで?

吉澤 そうです。演奏していただく方が、ほとんど1曲ずつ変わっていたりするので、すごく贅沢だなと思うんですけど。いつも曲を作る時に、1曲ごとに主人公がいて、物語があるので。そういう曲の作り方からすると、とても自然な方法を選ばせてもらってるなと思います。

――そんなアルバムの中で、“東京絶景”のアコギを曽我部さんにお願いしたのは?

吉澤 この“東京絶景”っていう曲が、新代田を舞台にしていて――小学校からの幼馴染みの友達が、ひとり暮らしを始めて。その子のおうちにお泊まりをしに行った時に見た、翌朝のワンルームの白い壁とか、下着の干してある様子とか……友達の目を通して東京を感じた気がして、その子にプレゼントしたいと思って書いた曲だったんですけど。それが新代田だったので――。

――下北沢から新代田に至る、あの辺の空気感がこめられた曲っていうことですね。

吉澤 そうですね。そういうところから自然と、「曽我部さんにやっていただけたら素敵だな」って。あと、この曲は、温かみと冷たさを行ったり来たりするような音にしたいなと思っていたので。その温かみの部分を、曽我部さんに担っていただけたらなあって。

曽我部 この曲いいよね。

吉澤 嬉しい(笑)。

――吉澤さんにとって、曽我部さんの音楽との出会いは?

吉澤 曽我部さんのライヴを初めて拝見したのが、大学1年生の頃、友達に誘われてROCK IN JAPAN FESTIVALに行った時で。曽我部恵一さんのお名前は知ってたんですけど、観てみたら――異常に楽しかったんですよね、ライヴが。たくさんの方が出演されてる中で、ピカイチにライヴが楽しくて。コール&レスポンスも、「間違えてもいいからやってごらん!」みたいな感じで。ライヴもそんなに行ったりするほうじゃなかったんですけど、「歌声を聴くのが初めてでも、楽しめる人がいるんだ!」っていうのが衝撃的でしたね。にじみ出てくる人柄を感じて、惹かれました。

――逆に、曽我部さんから見た吉澤さんの第一印象は?

曽我部 歌が強いなあって。人もわりとしっかりしてるし。強いものを持ってるんだろうなあって。

――“東京絶景”のレコーディングの時はどんな感じだったんですか?

吉澤 曽我部さんがすぐ隣のブースに入って、私も「せーの」で一緒に歌って――。

曽我部 結構時間かかりましたよね?

吉澤 そうなんですよ。最初、ギターのアレンジがアルペジオだったんですよ。この曲はストリートライヴとかでも弾いてた曲で、結構ストロークで弾いてるイメージがあって。私は「ストロークにしたいなあ」と思ってて、でもそれを言っていいのかな?って――まあ言ったんですけど(笑)。

曽我部 (笑)。

吉澤 サウンドプロデュースをしてくださっている横山(裕章)さんに相談した時に、曽我部さんが「歌が一番ラクに歌える方法でやろう」っておっしゃってくださって。そういうふうに言われたのが初めてだったので、すごく嬉しかったんですよね。「ああ、歌う人なんだな、歌う人の気持ちがわかるんだな」って思って。

曽我部 横山くんがプロデュースというか、アレンジ全般をやっていて、「こういう感じで」っていうのが彼の中でも決まっていて、そのプランに従って進んでたんだけど。それに対して、吉澤さんの中で「もっと、こう……」っていうのがあって。それを彼女ははっきり言ってたから――。

吉澤 はっきり言ってました?(笑)。

曽我部 言ってた(笑)。でも、プロデューサーは「こうしたい」っていうのがあって。そこに僕もいたので、「じゃあまあ、それもやりつつ、もうちょっと探っていこうよ」って言いつつ、試しながらやっていった感じでしたね。ああいう時はね、どんどん言ったほうがいいよ。大人がね、どんどん決めていったりすることがよくあるから。絶対言ったほうがいい! 偉いなあと思った。俺だったら言えないもん(笑)。「まあ、キャリアとかも自分よりだいぶある人がそう言うなら、そのほうがいいんだろうなあ」なんて言って、「ちょっと違うと思うけどまあいいか」って、僕ならなるな。それでだいたい失敗してきた(笑)。

吉澤 (笑)。

曽我部 僕と吉澤さんはあの時初めて会ったけど、ああいう時にちゃんと、臆することなく自分の意見をしっかり言える人なんだろうなあとも思ったし。曲を作って歌うだけじゃなくて、サウンドとかいろんなものに、しっかりと強いこだわりを持ってるんだろうなって思った。そうやって「ああでもないこうでもない」ってやっていくほうが、僕は好きだから。だから、楽しいなあと思ったね。

吉澤 魔女修行をしていた頃、人の気持ちを汲み取ることも魔法のひとつだと思った

曽我部 女性の歌手って魔女みたいなものだからね(笑)。音楽はほぼ魔法の領域だから

――“東京絶景”に曽我部さんが寄せているコメントがまたいいですよね。「上京してしばらくは、東京の夜の煌めきの中に、これから始まる未来の仄暗い胎動を見ていた」っていう。

曽我部 こういう記憶があるなあと思って。こういうふうな気持ちで、東京の夜の街でいたなあっていうのを思い出したというか。今は全然そういうのはないんですけど、なんかこう……自分の街のような気もするし、自分はよそから来た何の存在でもない、別の星に来た旅行者みたいな感じもするし。そういう感じがギュッと出てて。たとえば、すごく笑ったこととか、記録として残らないものばっかりがあって、それは「私はこういうものです」って見せるようなものではないんだけど、でも形にならないいろんなものを、夜の街の中で自分は持ってるっていうか。そういう時があったなあって。

吉澤 私は東京に住んだことがないので、実際に体験したことはないんですけど。「橋を渡ると東京に行ける」っていう場所にずっと生まれ育って、隣町がもう東京なんです。なので、子供の頃から東京に対して憧れも特にないし、だけど悲観する気持ちもなくて。ただ、お買い物できる場所とか、そういうくらいの感覚だったんです。この“東京絶景”には、そういう距離感も出てるかなあと思って。東京を讃美するわけでもなければ、「冷たい場所だ」って傷ついてるわけでもなくて。俯瞰して見てるような距離感が生まれたかなと思っていて。曽我部さんもそうですけど、「東京」っていうワードで曲を書かれている方って、たくさんいらっしゃると思うんです。その人にとっての東京っていうか、その人と東京との距離感が、曲に出てくるなあと思って。「私はこういう感じなんだなあ」って。

――吉澤さんが昔、魔女修行をしていたっていう話は聞いたことあります?

曽我部 ああ、そういう曲ありましたね。それはどういうことだったんですか?

――文字通り、魔女を目指してたんですよ。

曽我部 へえー。そういうのができるような場所があったの?

吉澤 そうなんです。できる場所っていうか、実家が工場だったんですよ、今はもうないんですけど。子供の頃に、工場の屋上にある掘っ建て小屋を、自分の部屋にしていいって言われたんで。小学校3年生から5年生ぐらいまで、犬に話しかけたりとか――。

曽我部 なんで魔女になりたいと思ったの?

吉澤 ある日、魔女のおばあさんにさらわれる夢を見て、すごく怖かったんですけど。でも、「このままさらわれてたら、自分も特別な人間になれたかもしれない」っていうところから、「魔女修行をして、特別になれるかもしれない自分」と――その時は学校に行ってなかったので、「学校に行ってない、ただの引きこもりの自分」と、二足のわらじ状態で生きることによって、たぶんバランスを保っていて。自分にとってはすごく大事な、生きる術だったと思うんですけど。

曽我部 でもまあ、女性の歌手の人って、魔女みたいなもんだからね(笑)。結構そういう人いるよ。それを目指してるっていう感じなんでしょうね、今もね。

吉澤 そうですね。本をいろいろ読み漁っていく中で、空を飛んだり、物を動かしたりとかしなくても、人の心を汲み取ることとか、感覚を磨くこととか、そういうのも魔法のひとつだと思って。それは今やっている仕事にも活きるかなって。

曽我部 僕もそう思う。音楽はほぼ魔法の領域だからね。そう思う瞬間はあるし。

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