特集

――「ヨ・ラ・テンゴが選ぶ2000年代の10枚」のリストを作っていただいてありがとうございます。アルバムを選ぶのは難しかったですか?
J:うん、難しかった。何と言っても記憶力が悪いからね。でも好きなアルバムを選ぶのは本当に難しい。好きな作品なんていくらでもあるからさ。
――リストにはヨ・ラ・テンゴのアルバムがありませんが…。
J:いやいや、自分のレコードは選べないよ。そんなことしたら捕まっちゃうよ。
――(笑) では、2000年から1枚ずつお話を聞かせてください。
2000年:ラムチョップ『ニクソン』(Lambchop, Nixon)
フロントマンのカート・ワグナーを中心とした大所帯の流動的なバンド編成で、独自の音楽を追求し続けているラムチョップ。2000年のアルバム『ニクソン』は特にイギリスで高評価を得た出世作。
――ラムチョップはどんなところが好きですか?
J:ラムチョップはアメリカで一番好きなバンドの1つだ。偉大なバンドだと思う。カントリー・ミュージックのメッカ、テネシー州ナッシュヴィル出身のバンドなんだけどね。彼らのルーツはカントリーだけど、実はナッシュヴィルには50年代、60年代、70年代にかけてソウルやR&Bの隠れた素晴らしい歴史がある。多くの人にとってはナッシュヴィルといえばカントリーかもしれないけど、あの街には裏側があるんだ。ラムチョップはある意味、ナッシュヴィルのそんな裏側を表現していると言える。街の歴史と非常に近い音楽を作っていてね。とても特別な存在なんだ。彼らみたいな音を鳴らすバンドは他に聴いたことがない。
――「裏側」ということについてもう少し教えてください。
J:なんというか、ナッシュヴィルの裏側のさらに裏側なんだけどね。もはや彼ら自身の側というか。ラムチョップ側さ(笑) 自分たちの音楽で架空のナッシュヴィルを作り上げているみたいな感じかな。素晴らしいよ。これは彼らの中でもベスト・アルバムだと思う。彼らはもう15年はレコードを作っているんだけど、『ニクソン』は一番好きだ。このレコードによって彼らはナッシュヴィルのソウル・ミュージックというものを完璧に捉えた。豪勢なホーンとストリングス、優れたソングライティング……素晴らしいレコードだ。
2001年:ウルフ・ローマン『ビコーズ・ビフォア』(Ulf Lohmann, Because Before)
ウルフ・ローマンはコンピレーション盤の『Total』シリーズで有名なドイツのエレクトロ・レーベル<コンパクト>に楽曲を提供しているプロデューサー。『ビコーズ・ビフォア』は現在のところ彼の唯一のオリジナル・アルバム。
――これはドイツの<コンパクト>レーベルからの作品ですが、テクノやエレクトロニック・ミュージックはよく聴きますか?
J:それなりにね。いろんなタイプのエレクトロニック・ミュージックが好きだよ。でもシンプルなものを好きになることが多い。ヨーロッパのすごく古い、1960年代のものとかね。プリミティヴで、クレイジーで。
――カンとかノイ!とか?
J:いや、もっと前。ヘンク・バーディングスっていうオランダの作曲家とか。イタリアやフランスのエレクトロニック・ミュージックにも好きなものが多いよ。ベルナール・フェーヴル(Bernard Fevre)っていう人とか、イタリアのピエロ・ウミリアーニとか。かなり初期の、古いシンセサイザーやクレイジーなサウンドだね。ウルフ・ローマンのレコードはすごくアンビエントな作品なんだ。まるで夢みたいな響きがある。本当に綺麗だ。こういう音のレコードは他にないと思う。僕はアーティストが自分の世界を作り上げているような音楽が好きなんだ。聴いていると、その世界に入っていけるようなレコードがね。ウルフ・ローマンのレコードはまさにそんな感じだね。
2002年:エル・P『ファンタスティック・ダメージ』(EL-P, Fantastic Damage)
『ファンタスティック・ダメージ』は、90年代にカンパニー・フロウで活躍し、その後ディジー・ラスカルやマイク・ラッドの作品を扱う<デフィニティヴ・ジャックス>レーベルを創設したエル・Pがリリースした初のソロ・アルバム。メディアから高い評価を受けた。
――エル・Pとは同じマンションに住んでいるんですか? ウィキペディアにそう書いてありましたが。
J:近所だよ。同じマンションではないけど。エル・Pは相当やかましいだろうから、別のマンションに引っ越さなきゃならなくなるだろうしな。作品もかなりラウドだよね。でも僕らは2人ともブルックリンに住んでいる。以前はかなり近くに住んでいた。隣の通りだったよ。今はブルックリンでも別の地区に住んでいるけれどね。エル・Pのレコードはもう2002年のフェイバリットっていうより、この10年間のベスト・アルバムだと思う。とても強力なんだ。僕にとってこれは、当時のニューヨークに住むってことがどういうことなのかをとてもよく表しているレコード。それはアメリカに住むこと、特にニューヨークに住むことがすごく奇妙で、きつい時期の始まりだった。暗くて、混乱していて、偏執的で。9.11の直後で、大統領はブッシュだった。本当に偏執的で、嫌な時期だったんだ。このレコードのサウンドは、そんな空気をとてもうまく表現していると思う。ああいう感覚を表現するのに言葉はいらない。音楽そのものが表しているからね。本当にすごいレコードだよ。シリアスなレコードなんだけど、それと同時に可笑しくて繊細な面も持ち合わせている。並外れているよね。
――エル・Pには繊細な面もあるんですね?
J:そう、不思議なことだけどさ。でも僕がそんなこと言ったなんて誰にも言わないでくれよ!(笑) エル・Pは嫌がるだろうからさ。
2003年:ザ・マジェスティコンズ『ビューティ・パーティ』(The Majesticons, Beauty Party)
2001年にザ・インフェスティコンズという架空のヒップホップ・グループの名義でリリースしたアルバムをカルト・ヒットさせたMC/プロデューサーのマイク・ラッドは、それに対抗するメインストリームのグループとしてザ・マジェスティコンズの名前で2003年にこのアルバムを発表した。ヒーロー役という設定のインフェスティコンズに対し、マジェスティコンズは自分たちがいかに裕福で学歴のある特権的な人間であるかという内容のラップを繰り出す。
――あなたがヒップホップのライブに行くのが好きだという話をあるインタビューで読みました。ヒップホップを好きな理由は?
J:ヒップホップはずっと好きだった。若い頃、1980年代に好きになったんだ。僕はアメリカの南部で育ったんだけど、当時はニューヨークからヒップホップはあまり入ってこなかった。僕の知る限りはね。だから僕の住んでいるところには全然なかったんだけど、カレッジ・ラジオやローカルのラジオ局で金曜の夜に時々聴くことができて、好きになった。いつだって好きだったよ。その後ふらふらと別の音楽のほうに行ったりするんだけど、必ずヒップホップのもとに戻ることになる。
――歌詞は読みますか?
J:たまにね。っていうか歌詞は面白いし、重要だと思うんだけど、僕にとっては音楽もすごく重要なものなんだ。マジェスティコンズはマイク・ラッドのプロジェクトだったと思うけど、彼は実はエル・Pの友人で、プロデューサーであり、ラッパーでもある。これはコンセプト・アルバムだね。彼の考え方はファンカデリックととてもよく似ていると思う。これはヒップホップの闘いについてのSF作品みたいなアルバムで……2003年って、ヒップホップが突如としてアメリカで――世界中でもそうだと思うけど――No.1の音楽ジャンルになった時期なんだよね。それで彼はヒップホップをめぐるヒーロー対悪者の闘いについてのコンセプト・アルバムを作った。すごく変わってて、知的なレコードだ。
2004年:トータス『イッツ・オール・アラウンド・ユー』(Tortoise, It's All Around You)
言わずと知れたポスト・ロック界の雄、トータスの5作目。このアルバムのリリース後、2005年1月に来日し、4年ぶりの単独公演を行った。フジ・ロック・フェスティバル09にも出演したトータスだが、このとき以来日本での単独公演は行っていない。
――トータスには良い作品がたくさんありますが、これは一番好きなアルバムですか?
J:うん、彼らの中ではこれが一番好きだ。それぞれの曲が次の曲へと移り変わる様子が好きなんだ。まるで1つの長い曲みたいで。すごく美しいレコードだよ。60年代、70年代の音楽を思い出させるところもある。エンニオ・モリコーネだとか、そういう美しいサウンドトラックのメロディに似ていたりして。それに彼らはとってもいいバンドだしね。作曲という点に関しては、これが彼らのベスト・アルバムだと思う。
2005年:ゆらゆら帝国『Sweet Spot』(Yura Yura Teikoku, Sweet Spot)
1989年結成のゆらゆら帝国が<ソニーミュージック>移籍後にリリースした最初のアルバム。ロック・ファンのみならず、クラブ方面やこの頃からライブを行い始めたニューヨークのコアな音楽ファンたちからも支持された人気作。
――このアルバムを選ぶんじゃないかと思っていました(笑) 何年か前に坂本慎太郎さんと対談していましたよね。ゆらゆら帝国のどういうところが新しかったですか?
J:新しいっていうより、むしろ古かったんだ。古い音楽をすごく愛しているのが分かったし、彼らはそれをちゃんと自分たちのものにしていた。そこには彼らの声があり、彼らのサウンドがあるんだけど、それは彼ら以前の音楽から受け継いでいるものなんだよね。僕も同じような音楽が好きだったから、一瞬でそれが分かったし、理解できた。まあ歌詞の意味は分からないし、何について歌っているのかは知らないけど、その音楽が何について語っているかは分かる。すぐに理解できたよ。
――日本人が言葉の意味を教えてくれたりしました?
J:いや、僕も聞かないしね。でも“タコ物語”は知ってるよ。あれは分かる(笑)
2006年:エイロス・チャイルズ『チョップス』(Euros Childs, Chops)
ウェールズのサイケデリック・フォーク・バンド、ゴーキーズ・ザイゴティック・マンキのフロントマンだったエイロス・チャイルズがバンドの解散直前にリリースした初のソロ・アルバム。エイロスは今年9月にもニュー・アルバムをリリースした。
――エイロス・チャイルズはどうですか?
J:確かこれはゴーキーズ(・ザイゴティック・マンキ)の後の最初のソロ・アルバムだったと思う。彼もゆらゆら帝国と同じで、とても古い音を出す。70年代のポップスや僕が子どものころにラジオで聴いたような音楽、大ヒット・シングルの単純なメロディだとか、美しいハーモニーだとか、そういうのだね。ほとんどタートルズみたいだ。タートルズのことを思い出すよ……ってこれは褒めてるつもりだけどさ(笑)
2007年:ボアダムス『SUPER ROOTS 9』(Boredoms, SUPER ROOTS 9)
<コモンズ>に移籍したボアダムスが最初にリリースしたアルバム。2004年のクリスマス・イヴにラフォーレミュージアム六本木で聖歌隊を迎えて行ったライブ音源を編集したもの。今年1月には『SUPER ROOTS 10』がリリースされた。
――ボアダムスの『SUPER ROOTS』シリーズではこれが一番好きですか?
J:分からないな、どうだろうね。僕はあの、あれは『SUPER ROOTS 7』だっけ? “タイテイ”っていう日本の作曲家の曲なんだけどさ(『SUPER ROOTS 8』収録の冨田勲作曲“ジャングル大帝”のこと)。あれもすごくいい。でも僕は彼らがこのアルバムの曲をコンサートでやるのも聴いているんだけど、3人のドラマーがいて、演奏が本当に長いんだよね。それがすごく良かった。あの音楽は……もう、他に比べられるものがなかった。エレクトロニック・ミュージックのようでもあり、トランス・ミュージックのようでもありながら、でも生演奏だし。ある種クラシック音楽のようでありながら、でもロックだしさ! えーと、それに…とにかく、あらゆるものなんだ。ダブのようでありながら、すごく速いしさ! それから、それから…もうとにかく素晴らしいんだ! 本当に良い音楽だよ。コンサートは最高だったから、今でも昨日のことのように思い出せるよ。
――メンバーたちとはお知り合いですか?
J:うん、少しだけね。ヨシミと、EYEサンのことは知ってる。彼らのことはもうずいぶん前から好きなんだ。ボアダムスはほとんどヨ・ラ・テンゴと同じくらい長くアルバムを作り続けてるよね。音楽のタイプは違うけど、それでもつながるものを感じる。
2008年:アンティータム『オーパス・ミクスタム』(Antietam, Opus Mixtum)
1984年に結成されたアンティータム。バンドを率いるギターのタラ・キーとベースのティム・ハリスはヨ・ラ・テンゴのアルバムにも参加している。『オーパス・ミクスタム』は2004年に10年ぶりにリリースされたアルバム『ヴィクトリー・パーク』に続く作品。
――ヨ・ラ・テンゴとアンティータムはお互いのレコーディングに参加していますよね。彼らとは近いものを感じますか?
J:うん、そうだね。彼らはすごく古い友達なんだ。ヨ・ラ・テンゴの最初の頃のライブはアンティータムとやっていたんだよ。その後、彼らはあまり演奏しなくなっちゃったけど。でもこの『オーパス・ミクスタム』を作った。すごく強くて、パワフルなレコードだ。間違いなく2008年のベストだね。最近では彼らもだんだんライブをこなすようになってきた。とてもパワフルなバンドだよ。ギタリストもすごいし。
2009年:オネイダ『レイテッド・オー』(Oneida, Rated O)
90年代半ばから活動しているオネイダは同一のリフやリズム・パターンをひたすら反復しながら独特の切迫感を生み出すブルックリン在住のバンド。10作目となる『レイテッド・オー』は今年7月にリリースされた3枚組アルバム。国内盤の解説はダモ鈴木。
――最後のアルバムです。オネイダはどんなところが好きですか?
J:彼らはかなりサイケデリックなバンドだと思う。ほとんどがインストゥルメンタルで、曲がすごく長く、繰り返しを多用していて、60年代、70年代の音楽を思わせる。シルヴァー・アップルズとかね。彼らはもう演奏を止めないんじゃないかと思うことさえある。時々オネイダを観にいくんだけど、「このコンサートはもう終わらないんじゃないか、この曲はもう終わらないんじゃないか」って思ったりするんだ。僕が帰るまで演奏を止めてくれないような気がしてくるんだよね。誰かが電源を切るまで一晩中続けそうで。たぶん彼らはひとつの曲を永遠に演奏できると思うよ。そういうのも楽しいけど。
――オネイダはブルックリン在住のバンドですが、最近のいわゆるブルックリンの音楽シーンやインディー・シーン一般についてはどう思いますか?
J:あまりよく知らないんだ、一部のグループは分かるけど。まあオネイダはブルックリンに住んでいるけど、彼らの場合はもう15年は一緒にやっているわけだし。最近になって彼らが認知されだして、人が「うわっ、この新しいバンド良い! オネイダっていうんだ!」とか言ってるのを聞くとちょっとヘンな感じだよ。もう15年もやってるんだよっていうね。初めて聴くわけだからしょうがないけど。でも面白いよね、たくさんの人がブルックリンに移ってきて、音楽シーンの一部になるっていうのは。日和見的な気分になるっていうか、どこにも行かないで、他のバンドが出すレコード全部を聴きたくなったりするね(笑) 彼らの多くはとてもいいバンドだと思うよ。
――では、ヨ・ラ・テンゴのニュー・アルバムに移ります。『ポピュラー・ソングス』というタイトルについて聞かせてください。このタイトルは面白いですね。「人気の歌」と読めば自信満々に見えるし、「大衆向けの歌」と読めば謙遜しているようにも見えて。
J:うん、同感だよ。ヨ・ラ・テンゴが一番良いのは、はっきりとした答えがない時なんだ。みんなが曲を聴いて、それについて考えてみて、それぞれが自分の感じ方や考え方を持つ。そしてその見方を逆に音楽のほうに当てはめてみることで、曲がひとりひとりのものになるっていうのがいいんだ。僕らのほうで何かを押し付けるよりはね。曲が聴く人ひとりひとりの考えになるんだ。
――タイトルはどういう風に思いついたんですか?
J:アクシデントだよ(笑) いや、あまりよく憶えていなくて、確か本だか古いレコードだかから来ている名前で、おかしくていいと思ったんだ。そんなもんだよ。早い段階で決まっていた。まだレコーディングしているときに思いついたんだ。レコーディング・セッション中にひらめいて、おもしろいと思って頭の片隅に取っておいた。曲に取り掛かっているあいだもね。で、作業を続けて、レコードを完成させて、1曲ずつ名前をつけて、カバー・アートができて…そういう風に全てが特別な仕方でまとまっていった。でも元々タイトルについては全くアイディアが無かったし、ジャケットや歌詞だってそうだった。全部が良いアクシデントとして起こっていったんだ。
――ヨ・ラ・テンゴがこれまで多くのミュージシャンから尊敬されてきたのは、ただ音楽を演奏するだけでなく、聴くという立場をいつも大切にしてきたからだと思います。カバー曲をたくさん発表してきたりとか。今年はヨーロッパで観客のリクエストに沿って演奏曲を決めていくQ&A式のライブもやっていますよね。聴くことと演奏することの関係についてどう考えていますか?
J:聴くっていうのは僕らが音楽を作るときに非常に重要な要素だと思う。特に僕らの場合はかなり長いこと一緒にやってきているから。ときどき他人の音楽を聴いていると、「これってただ何人かが同時にソロをやっているだけなんじゃないの?」なんて思ったりするよね。ラジオやテレビで他人の音楽を聴いて、「こんなの馬鹿げてる」って批判するのは簡単だし、もしかしたら僕が間違ってるのかもしれないけど。実は彼らもメンバーの演奏をちゃんと聴きながら、「わお、このサウンド最高だぜ! もうちょいベース・ソロ続けろよ!」とか思っているのかもしれないし。だから、単に個人的な趣味の問題かも。僕がそういう音楽が嫌いなだけなのかもね(笑)(インタビュー・高久聡明)
デビュー25周年を迎えたヨ・ラ・テンゴの最新作は、1993年作『ペインフル』以来の付き合いとなるロジャー・マテノをプロデューサーに迎え、地元ホーボーケンとナッシュヴィルでレコーディングされた全12曲。国内盤はボーナストラックとしてキャロル・キング“きみの友達”のカバーを収録。12月にはフジ・ロック07以来となる2年半ぶりの来日公演も決定!

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ヨ・ラ・テンゴ『ポピュラー・ソングス』
(2009年9月30日リリース) Hostess Entertainment/BGJ-10002- ヒア・トゥ・フォール
- アヴァロン・オア・サムワン・ヴェリー・シミラー
- バイ・トゥーズ
- ナッシング・トゥ・ハイド
- ピリオディカリ・ダブル・オア・トリプル
- イフ・イッツ・ダーク
- アイム・オン・マイ・ウェー
- ホエン・イッツ・ダーク
- オール・ユア・シークレッツ
- モア・スターズ・ザン・ゼア・アー・イン・ヘヴン
- ザ・ファイアサイド
- アンド・ザ・グリッター・イズ・ゴーン
- ユーヴ・ガット・ア・フレンド(国内盤ボーナストラック)




















