特集

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37.夜の盗賊団(1993/10/25リリース)

7thアルバム『DUG OUT』収録/17thシングル『夕暮れ』収録
作詞・作曲:真島昌利。これも“夕暮れ”のカップリング曲で、『DUG OUT』にも収録。これもいい曲だなあ。どこを聴いてもマーシーなメロディと歌詞。隅から隅まで捨てるところなし。特にサビ、もう、マーシー好きにはたまりません。しかし、「今夜 5月の風のビールを飲みにいこう」って、そういえば“チャンス”にも「西日の射すドライブインで 冷えたビール飲みながら話をしよう」というフレーズがあった。この時期のマーシーはビールづいていたのかもしれません。
あと、曲が終わる直前の、マーシーの「ギャーッウ、アーウ!」というシャウトも好きです。ストリングスをまとったゆったりとした曲調に、まったくそぐわなくて。
そういえば、この曲が入った『DUG OUT』と、ラスト・アルバム『PAN』の間に、ブルーハーツのリミックス・アルバムが出たんだけど、それは確か「盗賊団」というアーティスト名義だった。「盗賊団に音源が盗まれて好き勝手にリミックスされた」みたいな設定が謳われていました。この曲からとったんだろうか、盗賊団って。ちなみに、実際には、BOOM BOOM SATELLITESや小西康陽等が、リミックスを手がけていた記憶があります。
36.すてごま(ライブバージョン)(1993/10/25リリース)

ベストアルバム『Singles 1990-1993 』収録/17thシングル『夕暮れ』収録
作詞・作曲:甲本ヒロト。『STICK OUT』の1曲目のこの曲のライブ・バージョンを、“夕暮れ”のカップリングとして収録したもの。そうか、この曲って1曲目としてシングルになってはいなかったのか。と驚くくらい、当時、強烈なインパクトをファンに与えた曲です。
「君 ちょっと行ってくれないか すてごまになってくれないか いざこざにまきこまれて 死んでくれないか」という歌詞に表れている通り、PKO問題に直対応した曲。かつての“チェルノブイリ”に次ぐくらい、この時期最も直接的な1曲だと思う。「おろしたての戦車でブッ飛ばしてみたい」「すべてを焼きつくすほどの爆弾が出番を待ってるぜ」だし。もう1曲、『STICK OUT』の“やるか逃げるか”という曲も、かなり直接的でした。そっちはマーシー。
にしても、この時代、ほんとに世界情勢がきなくさくなっていて、初めて聴いた時「うわあ、ブルーハーツが言ったわ」という痛快さがあったのを、よく憶えています。
35.夕暮れ(1993/10/25リリース)

7thアルバム『DUG OUT』収録
作詞・作曲:甲本ヒロト。これも『DUG OUT』からのリカット・シングルですが、“PARTY”に比べて印象が強い。というか、要は、いい曲。アコギ基調のミドル・チューン。「はっきりさせなくてもいい あやふやなまんまでいい 僕達はなんとなく幸せになるんだ」という、ブルーハーツのパブリック・イメージと正反対の歌いだしには、当時「おおっ」となったし、今聴いてもやはり「おおっ」となります。で、そこと対になっている、2コーラス目の「幻なんかじゃない 人生は夢じゃない 僕達ははっきりと生きてるんだ」というフレーズで、さらに「おおっ!」となります。
しかし、こうして“チャンス”と“夕暮れ”を続けて聴くと、どっちの曲も、歌詞が部分的に、解散が近いことを匂わせているような気もする。当時はそんなこと全然思わなかったけど。
34.CHANCE(1993/8/25リリース)

7thアルバム『DUG OUT』収録
作詞・作曲:真島昌利。“PARTY”のカップリング曲であり、『DUG OUT』の最後を飾る曲。アコースティック・ギター、ハープ、ピアノ、ベースとドラム、という楽器編成からなる、3拍子のブルージーなスロー・チューン。歌っているのはヒロトだが、何か、マーシーのソロに入っていそうな曲だと、今聴くと思う。3枚目の『RAW LIFE』ではなく、2枚目の『Happy Song』か4枚目の『人にはそれぞれ事情がある』あたりに入っていると、はまると思う。という意味では、王道マーシーな1曲ともいえます。
待てよ。これほんとに、マーシーのソロにも入っていなかったっけ。と思って今、念の為調べてみました。入っていませんでしたが、マーシーのソロのうち、3枚目までは再発されているのに、4枚目の『人にはそれぞれ事情がある』だけが再発されていなくて品切れ状態であることがわかりました。なんでだろう。
33.PARTY(1993/8/25リリース)

7thアルバム『DUG OUT』収録
作詞・作曲:甲本ヒロト。『STICK OUT』と同時に作られ、半年タームでリリースされたアルバム『DUG OUT』からのリカット・シングル。曲を持ち寄ったらアルバム2枚分の数があり、じゃあ全部録音して、曲調によって2枚のアルバムに分けて出そう、ということになって、『STICK OUT』(アッパーな方)と『DUG OUT』(静かめな方)が作られた、というのは有名な話だが、その後者からのリカット・シングル。
正直に書いてしまうと、このアルバムの中で最も「ああ、そういえばあったあった」という曲でした、私にとって。つまり、強烈な曲揃いのブルーハーツのシングルの中にあっては、印象の薄い曲、と言っていいと思う。今聴き直しても、オーバーダビングが多くていろんな楽器の音が重ねられていたり、サビに「パーパパパパパパーパパパパパパ」というコーラスがびっしりかぶさっていたり、後半だんだん速くなって終わったり、と、ブルハの中ではちょっと異色な仕上がりです。
32.1001のバイオリン(1993/5/25リリース)

ベストアルバム『Singles 1990-1993 』収録/15thシングル『1000のバイオリン』収録
作詞・作曲:真島昌利。“1000のバイオリン”を、ヒロトの歌だけ残してバックをオーケストラにしたバージョン。演奏は、金子飛鳥ストリングス。ロック系のアーティストがストリングスを入れたい時、必ず依頼されるのがこの金子飛鳥ストリンスグス、もしくは金原千恵子ストリングスです。
思い出した。“1000のバイオリン”のところで書いた、この曲の「誰かに金を貸してた気がする そんなことはもうどうでもいいのだ」という歌詞。僕だけではなく山崎洋一郎も、当時、この曲のこの箇所をすごく気に入っており、そこだけをテーマに、ジャパンに長い原稿を書いたことがあった。ただ、山崎であるがゆえに、我々のような周囲の者たちは、読んで「ああ、誰かに金を借りてるんだな。だから共感してるんだ」と納得してしまうフシがあった。あの原稿、その分、この曲の価値を下げた気がします。
31.俺は俺の死を死にたい(1993/2/25リリース)

6thアルバム『STICK OUT』収録
作詞・作曲:真島昌利。ボーカルもマーシー、“無言電話のブルース”や“平成のブルース”に通じるブルース・ナンバー。“1000のバイオリン”のカップリング曲で、アルバム『STICK OUT』にも収録されている(バージョンは違うが)。
“旅人”のところでも書いたが、タイトル通り、PKO問題に触れている曲。と解釈できるが、“チェルノブイリ”ほど直接的ではない。あと、安楽死の問題にも触っているような箇所もある。
にしても、今ここまで31曲書いてきて、マーシーがボーカルの曲って、“チェインギャング”に続いて、やっと3曲目だ。ザ・ハイロウズ以降はあんまり歌わなくなったけど、ブルーハーツって結構マーシーも歌ってた印象があった。それにしては少ない。自分が歌う曲は、なるべくシングルにしないようにしていたんだろうか。と思って、今調べてみたんだけど、マーシーがボーカルの曲、シングルじゃない曲を含めても、実はそんなに多くの数はありませんでした。マーシーは早い時期からブルハと並行してソロもやっていたので、そっちも含めて、「結構歌っていた」という印象があるのかもしれません。
30.1000のバイオリン(1993/2/25リリース)

6thアルバム『STICK OUT』収録
作詞・作曲:真島昌利。後期ブルハを代表する、そしてこの時期のマーシー作品を代表する大名曲。すばらしすぎる。ブルーハーツ、後期よりも初期を好きな人が多い気がしますが、私、全キャリアでこの曲がいちばん好きかもしれません。みたいなことを、この全曲解説で何度も書いているが、もう本当に、今こうして聴き直していても、なんていい曲なんだろうと思う。歌詞の内容、言い回し、曲展開、構成、アレンジ、マーシーの書いたメロディをヒロトが歌う時のあの感じ、ヒロトの声にマーシーがハモリをつける時のあの感じ、ブルーハーツのすばらしさが1曲に凝縮された、いわばもう「これ以上はない」1曲。特にハイライトは、後半でヒロトとマーシーが輪唱状態になるところが好きです。
あと、その少し前の「誰かに金を貸してた気がする そんなことはもうどうでもいいのだ 思い出は熱いトタン屋根の上 アイスクリームみたいに溶けてった」という歌詞。ここ、すごくない? マーシーのほかに誰が書ける? もう、日本のロック史上に残るフレーズだと思う。
29.台風(1993/2/25リリース)

6thアルバム『STICK OUT』収録
作詞・作曲:真島昌利。“旅人”のカップリング曲で、これも『STICK OUT』からのリカット。にしては、やけに印象強く憶えてるなこの曲、と思って調べたら、当時ホンダDio(原付スクーターね)のCMソングになっていたそうです。全然憶えてないけど、それでよく聴いていたってことですね。ほぼすべての曲がストレートな8ビートであるブルーハーツには珍しく、イントロ・間奏が6/8拍子、しかし歌が入るとシンプルな8ビートに戻る。おそらくマーシーは、「台風」という言葉がまず最初にあって、そこから発想を転がしていって歌詞を書いたのだと思うが、そういうただの思いつきから始まったみたいな歌詞の中に、スパーンと2行くらいものすごく大事なフレーズを入れる、というのが、マーシーの得意技でもあります。この曲でいうと、「情報やデマが飛び交う 声のでかい奴が笑う」というところが、それにあたると思う。そのマーシーの芸風というか作風は今も続いていて、たとえば“無言電話のブルース”のところで引き合いに出した、ザ・クロマニヨンズの“あさくらさんしょ”でいうと、「わかったんじゃない 思い出したんだ」の部分がそれにあたります。
28.旅人(1993/2/25リリース)

6thアルバム『STICK OUT』収録
作詞・作曲:甲本ヒロト。『STICK OUT』リリース直後にリカットされたシングル。「プルトニウムの風に Oh 吹かれていこう」という歌い出しがまず強烈。この『STICK OUT』『DUG OUT』をリリースする直前に、ブルーハーツは「PKO TOUR 92-93」という、まだリリースしていないこの2枚のアルバムの曲を、先にやってしまうツアーを行った。「PKO」というのは「PUNCH KNOCK OUT」の略だが、言うまでもなく当時「PKO=国際連合平和維持活動」で、自衛隊員が戦地等に派遣されるようになった件にかけているわけで、“チェルノブイリ”の頃以来、再びそういうモードに突入したともいえます。このあとに出てくる何曲かもそうです。ただし、以前は曲名からしてずばり“チェルノブイリ”だったのが、この時期のこういう曲たちは、一応他の解釈もつけられるように作ってある。あと、前述のように“チェルノブイリ”の頃は署名運動まで行っていたが、この時期はそういう音楽以外の活動は行わなかった。というところが、異なる点だといえます。
27.東京ゾンビ(ライブバージョン)(1992/10/25リリース)

5thアルバム『HIGH KICKS』収録/13thシングル『夢』収録
作詞・作曲:甲本ヒロト。というわけで、この曲も、前の曲と同じような事情で、“夢”のカップリングになったと思われます。この曲、確か元々(ロシアンルーレット)というサブタイトルが付いていた。で、「さあどうだ かけないか 死にたかねえけど死ぬかもよ」という歌詞。前の曲は“皆殺しのメロディー”。何か、テンションが高くなるとそういうことを言いたくなる時期だったと思われます。『HIGH KICKS』時期のヒロトは。あと、「一から十まで偶然だ 日が昇るのも偶然だ」というフレーズも、すばらしいと思う。
26.皆殺しのメロディー(ライブバージョン)(1992/10/25リリース)

5thアルバム『HIGH KICKS』収録/13thシングル『夢』収録
作詞・作曲:甲本ヒロト。前作『HIGH KICKS』の1曲目。次の“東京ゾンビ”も『HIGH KICKS』の曲で、同じくライブバージョン。つまり、“夢”をシングルで出すにあたり、その前のツアーでやっていた曲のライブ・テイクを2曲、カップリングで入れました、という曲だと思います。なんでこの2曲だったのかというと、『HIGH KICKS』には数少ない、アッパーでハードな曲だったので、『STICK OUT』の空気と合う、とジャッジしたのでは。と、推測します。
25.夢(1992/10/25リリース)

6thアルバム『STICK OUT』収録
作詞・作曲:真島昌利。これも“TRAIN-TRAIN”や“情熱の薔薇”的に、お茶の間レベルでヒットした曲。確か、ビールかなんかのCMソングだった気がする。調べてみたら、サントリービール「ライツ」のCMソングだったようです。『HIGH KICKS』期を脱し、バンドのエンジンに再び火がついたことを示す2枚のアルバム(半年のインターバルでリリースされた)『STICK OUT』と『DUG OUT』のうち、前者の先行シングルだった曲です。という時期の曲らしく、アッパーでガツンと前向きな1曲。特に「限られた時間のなかで 借りものの時間のなかで 本物の夢を見るんだ」というサビがすばらしいです。あと、「家から遠く離れても なんとかやっていける」というのも、マーシーらしくていい。マーシーって時々、こういう「え? 子供?」みたいなマインドを、作品からのぞかせることがあるのです。
24.泣かないで恋人よ(1992/3/10リリース)

5thアルバム『HIGH KICKS』収録
作詞・作曲:真島昌利。“TOO MUCH PAIN”のカップリング曲で、同じくアルバム『HIGH-KICKS』にも収録。スチールギター(みたいな音のソロ)、アコーディオン(と思われる音)、ピアノ、パーカッションなどをまとって、ゆったりと歌われる1曲で、“ラブレター”“あの娘にタッチ”方向のサウンド・プロダクトであるといえます。ただし、その2曲はヒロトの曲だけど、これはマーシーの曲なので、「あきらめきれぬ事があるなら あきらめきれぬとあきらめる あきらめきれぬ事があるなら それはきっといい事だ」という、まるで禅問答のようなフレーズがあったりします。あと、「遅すぎる事なんて 本当は 一つもありはしないのだ 何するにせよ 思った時が きっとふさわしい時」という、マーシーにしてはストレートに前向きな歌いだしもすばらしい。
23.TOO MUCH PAIN(1992/3/10リリース)

5thアルバム『HIGH KICKS』収録
作詞・作曲:真島昌利。『HIGH KICKS』収録曲で、アルバム・リリース後にリカットされた、これもまさにマーシー節炸裂の超名曲。“チェインギャング”“青空”の系譜、ともいえます。虚無感、さびしさ、孤独感、などなどがマーシーの曲には満ち満ちているが、特にこの曲で強く表れているのは、いわば「失ったもの」や「終わったこと」や「過ぎ去った何か」の、とりかえしのつかなさだ。と私は解釈しています。
確か、この時期に書いたんじゃなくて、昔からあった曲で、なんかたまたまこのアルバムのレコーディングでやることになった、みたいなことを、当時取材かなんかでマーシーが言っていた記憶がある。邪推ですが、前の曲の項で書いたみたいに、ちょっとブルハが停滞していた時期だったので昔の曲をもってきた、ということだったのかもしれません。実際はどうか知りませんが。
でもとにかく、どんな理由であれ、こうして音源に残してくれてよかった、と感謝したくなります、聴いていると。あと、歌詞、もう頭っからシッポまで弱いとこゼロのすばらしい完成度ですが、個人的に、特に、「廃車置場で錆びついてらあ」の「らあ」のところが、マーシーっぽくて好きです。
22.わーわー(1991/11/28リリース)

ベストアルバム『Singles 1990-1993 』収録/11thシングル『あの娘にタッチ』収録
作詞・作曲:真島昌利。ライブ・バージョンだが、このライブ・バージョンしか聴いたことがない。オリジナル・アルバムにも未収録です。
で、さっきの続き。この頃は、そういう、いわばブルハ迷走の時期だった気がする。そういえば、ヒロトがバイクに凝ったり、メキシコまでプロレスを観に行ったりしていたのも、この時期じゃなかったっけ(記憶違いだったらすみません)。
もうひとつ思い出した。ヒロトがブルハ前にやっていたコーツのギタリストだった山川のりをが、後にディープ&バイツでデビューしたあとに、ジャパンのインタヴューで言っていたこと。コーツ後期、ヒロトがやる気を失って、バンドよりもベスパ(スクーターね)に乗ってフラフラ遊んだりすることの方が大事、みたいになってしまったので、「あんたもう音楽やめられい」と言って、解散したそうです。思えばヒロトはこの時期、その頃と同じような感じになっていたのかもしれません。
ただし。今、『HIGH KICKS』のトラック・リストを見直すと、今でもよく憶えている、いい曲が多い。この“あの娘にタッチ”もだけど、“東京ゾンビ”“ホームラン”など、どれも素敵な曲です。ってことは、曲はあったけど、どう料理したらいいのか、どういうテンションをこめて演奏し歌ったらいいのかを、若干見失っていた時期だった、ということなのかも。特に、この次にご紹介する“TOO MUCH PAIN”は、超名曲です。
21.あの娘にタッチ(1991/11/28リリース)

5thアルバム『HIGH KICKS』収録
作詞・作曲:甲本ヒロト。5thアルバム『HIGH KICKS』の先行シングル。このアルバムの直前に私は今のこの会社に入っていて、ロッキング・オン誌でこのアルバムのレコ評を書いたんだけど、ものすごく困ったのをよく憶えている。このアルバム、ブルーハーツの全キャリアの中で最も鬼門というか、どう扱っていいのかわからない1枚なのです。あ、ラスト・アルバム『PAN』もそうだけど、あれは実は解散が決まっていて、契約消化のためにソロ曲を持ち寄った、という明確な理由があるので除きます。
で、『HIGH KICKS』がどう困るかというと、なんかたそがれているというか、枯れているというか、言ってしまえばテンション低い作品なのです。で、その代表がこの曲。
「今までと違って、リラックスした、力が抜けた自分を置いてみたんだよ」とか、当時のジャパンのインタヴューでヒロトは言っていたが、今思うと、この時期はちょっと、どうしていいかわからなくなっていたんじゃないか、と思います。で、その時期から脱出したのが、次の『STICK OUT』と『DUG OUT』だったというストーリーですね。
でも、そんなアルバムでも、ジャパンの表紙でした。というか、この時期は、アルバムのたびに必ず表紙だったのでした。
20.シンデレラ(灰の中から)(1991/4/10リリース)

ベストアルバム『Singles 1990-1993 』収録/10thシングル『首つり台から』収録
“首つり台から”のカップリング曲で、作詞・作曲:河口純之助。ブルハとしては珍しい、河ちゃんの手による曲だが、曲の展開や、メロディの感じや、歌詞の素朴な言い回しなどなど、とてもブルハな感じで、不思議なくらい違和感がない。歌詞の細かいニュアンスとかは、ヒロトのそれともマーシーのそれとも違うが、全体から受ける印象は、まぎれもなくザ・ブルーハーツのそれ。というのは、曲調も大きいが、このブルーハーツのシンプル極まりないサウンド・プロダクトって、実はものすごく記名性が高く個性が強い、ということだとも思う。頭のアカペラ部分のみ、ボーカルは河ちゃん。オリジナル・アルバムには未収録でした。
19.首つり台から(1991/4/10リリース)

4thアルバム『BUST WASTE HIP』収録
作詞・作曲:甲本ヒロト。これも中期ブルハを代表する1曲だけど、今こうして聴き直していると、「いかに明るく前向きだけじゃないか」ということを、初期よりもわかりやすく表すようになったのが、この頃のブルハだったのではないか、という気がしてきた。「前しか見えない目玉をつけて」「お金のために苦しまないで」「歴史に残る風来坊になるよ」という歌詞のあとに、サビが「首つり台からうたってあげる 首つり台から笑ってみせる」なんだから。というか、シングル曲のタイトルが“首つり台から”である時点で、既にそうだ。よく普通にメジャーから出せたな、という気すらします。
なお、これも、“情熱の薔薇”と同じく『BUST WASTE HIP』収録曲だが、ある意味、このアルバムまでで、ザ・ブルーハーツが順風満帆に活動してきた季節は終わったことが、これ以降の歴史をふり返ると、わかる。詳しくは後述します。
18.鉄砲(1990/7/25リリース)

ベストアルバム『Singles 1990-1993 』収録/9thシングル『情熱の薔薇』収録
作詞・作曲:真島昌利。“情熱の薔薇”のカップリング曲で、オリジナル・アルバム未収録曲。あのー、これ、今聴くと、ザ・クロマニヨンズの曲みたい。ちょっとびっくり。逆に言うと、この頃としては異質な曲だったということです。だって曲名が“鉄砲”で、サビが「鉄砲 鉄砲 鉄砲」という連呼だよ? ヒロト&マーシーにおいて、歌詞からわかりやすい意味性や、深読みされやすい要素を排除する、という志向性は、ハイロウズの2ndあたりから始まり、ザ・クロマニヨンズになってよりいっそう加速した。と僕は思っているんだけど、その意味で、この頃は完全に異質だったわけです。歌詞、短いし。
あと、曲の最後に、ピアノと歌とコーラスだけで「♪らーんらんららららーん」「みゃーみゃーみゃー」という掛け合いが入っていて、当時さっぱり意味がわからなかったが、今聴いてもやっぱりわからない。
17.情熱の薔薇(1990/7/25リリース)

4thアルバム『BUST WASTE HIP』収録
ここからDISC2です。で、この曲、作詞・作曲:甲本ヒロト。なんだけど、ここまで通して聴いてきて、この曲からいきなり音が変わってびっくりした。低音重視で、音の分離がはっきりした感じになっている。この頃からエンジニア、替わったんだっけ。
曲は、言わずと知れた、ブルハ中期を代表する大ヒット曲。“TRAIN-TRAIN”に続き、『はいすくーる落書2』の主題歌になったのが、その大ヒットの要因でもあるが、速いエイトビート/歪んだギター・サウンド/朗々と美しいメロディ/(一見)前向きでポジティヴなメッセージ性を持つ歌詞、と、人々がブルーハーツに求めるものが凝縮された曲だったことも大きいと思う。私は「見てきた物や聞いた事 今まで覚えた全部 でたらめだったら面白い そんな気持ちわかるでしょう」というヴァースと、「なるべく小さな幸せと なるべく小さな不幸せ なるべくいっぱい集めよう そんな気持ちわかるでしょう」というヴァースが、特に好きでした。しつこいけど、ここがブルーハーツのブルーハーツたる所以だなあ、と思いながら、何度も聴いていました、当時。
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