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7 ツアーを黒字にする方法

――前回はインターネットの通販で活路を見出し、それによって会社が軌道に乗っていった、というところまでうかがったんですが。

曽我部:そうですね。で、ライブのチケット、インターネットで売ったの。で、ネットの中だけの宣伝と流通で、結構な数いくんだなっていうのを、そこで自分たちがわかったかな。それでその後、すぐネットラジオ始めて。毎週生放送で。で、それもさ、何人聴いてるかがさ、毎週数字がはっきり出るじゃん。

――そうだよね、ネットは。

曽我部:で、深夜やってたんだけど、俺たち。月曜日の深夜。「深夜、こんなに聴いてんの!?」みたいな。実際アクセスしないと聴けないわけだから。はっきりとした数字が出て。「ああ、こんなにインターネットってすごいのね」みたいなことでしたね、そん時。だから、じゃあ、例えばロッキング・オンに広告打つとかも大事だけど、同時にインターネットできっちり告知していくっていうのは、すごい重要だな、みたいなふうに、どんどん考えてやってましたね。今もですけど。

――うん。で、同時にですね、曽我部さん、昔と大きく違う、もうひとつのポイントとして、ライブをものすごい本数、やるようになりましたよね。

曽我部:してますねえ。

――今、年間100本くらいですか?

曽我部:年間100くらいやってます。

――しかも、普通ライブっていうのは――イベンターさんっていますよね。ディスクガレージとか、ホットスタッフとか、スマッシュとか。そういう、ライブ屋さんがいて、普通プロはそこを通すんだけど、それを一回全部やめたんですよね。

曽我部:やめたというか、通さずに、うん。イベンターって、各アーティストと専属契約してるわけではないから。これまでの付き合いの中で、ずっとやってきただけであって。だから、一回通さずに、全部自分たちで組んでやってみようって。

――それはなぜ?

曽我部:お金がもったいないから。何事もそうだけどさ、マージンを持ってかれるでしょ? そのマージンがもったいないって言って。自分たちでどこまでできて、本当に必要なものっていうのは何かってことを知るために、一回自分たちで全部やろうって言って、やりましたね。

――その場合、日本中のライブハウスに自分で電話して、自分でブッキングしていくんですか?

曽我部:もちろん。俺じゃないけど、あの、当時はベースのケンちゃんがライブ担当で、電話してくれて。だからスマッシュの人に、「もうプロやなー」とか言われて(笑)。

――あの、僕は前々からこれ不思議なんですけど……別にROSE RECORDSに限らず、すべてのライブ業界の人にききたいんだけど、ツアーの日程ってさ、なんであんなにきれいに組めるの?

曽我部:や、がんばるんすよ。

――地方で、例えば6月25日岡山、6月26日広島とかになってるじゃない? 「なんでそう都合よくハコが空いてるんだろう?」って、いつも思うんだけど(笑)。

曽我部:だから、1年くらい前から、それを計画して組むからですよ。半年前だともう全部埋まってるし、組み方がガタガタになっちゃうわけ。だから、1年前にバーッって押さえちゃうんすよ、ハコを。だから、こう自分たちが組んでて、いろんなバンドのツアー日程見るじゃん。「あっ、このバンド結構組み方荒いね、ツアー」みたいなさ(笑)。「上手くねえなあ」とか、「このバンドめっちゃ上手いな、組み方」みたいな、スケジューリングのきれいさみたいのがわかるようになった。「この動き、無理あるなあ」とか。俺らもあんだけどね。

――「今週九州で、来週北海道じゃん」みたいな。

曽我部:うんうん。それはそれで楽しいんすよ。自分らで組んでいって、「今回ここのライブハウスと、ここのライブハウスどっちにする?」とかね。「ここ行ったら、温泉寄って帰れる」とか(笑)。なんかそういう楽しみもあるし。でも、イベンターさんに丸投げしちゃうと、イベンターさんが使うライブハウスっていうのは、キャパとか付き合いで決まっちゃうところがあるから。ある程度妥当なところに落ち着くわけですよね。「PAないけど面白そうなハコだね、行ってみない?」みたいなことにはなんないわけ。だから、自分たちでツアー組んでると、そういうメリットもあるし。まあ、お金がかかんないっていうのが一番だけど。曽我部恵一で、今は自分たちで組んで、その後にイベンターさんに頼んでるの。
でも、そのイベンターさんに頼む時も――これは結構、自分たち的には重要なんだけど、お弁当とか、コーヒーとか、お菓子とか――ケータリングっていうんだけど、「そういうのはいらない」って。「自分たちでメシは好きなもの食べるし、コーヒーも買ってくるし、お水も買ってくるから、そういう余計な部分にお金割くのやめましょう」って言って、イベンターさんにも。あれも全部お金がかかるからさ。

――そうだよね。

曽我部:バンドやってるとさ、ああいうのはタダで、なんか地面から沸いてくるように感じるけど、そんなことなくて。「そんなのが、誰のためになるんだろう?」ってことを考えて、「別にいいよね、みんなでメシ食いにいこうよ」とか言って。だから、そこは、ゼロから自分たちでやったからわかるわけであって、やんないとわかんないよね。「ライブハウスの楽屋にコーヒーはあるものだよね」みたいな話になっちゃう。

――確かにね。じゃあその、ROSE RECORDSを作った時の初ツアーっていうのは、すごく前からブッキングしてたんですか?

曽我部:そうです、そうです。結構事前に。「40本くらいはやろうね」って、もうひたすら考えてたから。結構前から綿密に。で、自分たちが素人だっていうのもあるから、なるたけ時間に余裕をもって。で、やってるとさ、それプラス、電話がかかってきて、「自分の地元のこういうとこで演奏してほしいんです」っていうオファーがどんどん来るわけ。ファンの人とか、ライブハウスを実際にやってる方とか、カフェを経営されてる方とか。まあ、すべてが俺にとってお客さんなんだけど。だからそのオファーに1個ずつ応えていくと、相当断っても、年間100くらいは余裕でいっちゃうよね。

――相当断ってるんだ。

曽我部:相当断ってる。毎日のようにオファーは来て、やっぱり土日は全部かぶっちゃうから。だから、その日のライブを決めた1週間後にさ、「同じ日にこんなライブがあるんですけど出てくれません?」って、すげえ条件のいい話がきたりする。でももう、最初に決めちゃってるから、それを断るしかないし。っていう感じでやってますね。
だから、ちっちゃいカフェとかでもさ、ファンの人たちが来てほしいっていうのもあるわけよ。そこが、メジャーでやってた頃と全然違うんだけど。「ずっとサニーデイの音楽好きで、今は地元で、ライブができるカフェを始めたんです。ぜひ来てほしいんで」って。
だから、お客さんと仕事の分け目のラインが、もう、ないんだよね。仕事でもあるし、お客さんでもあるっていう。そういうとこで、ライブで歌えるっていうのは、俺はすごい幸せで。これを大きい会社でやってたら、「なんかファンの子が言ってるけど、まあ断っていいっすよね?」って切られちゃう話だから。そういうのに全部ちゃんと、自分で対応できるから、いい。うん。

――なるほどね。あの、素人考えですけど、ロック・バンドのライブとかツアーっていうのは、やればやるほど赤字になるという印象が、なんとなくあるんですけど。

曽我部:うんうん。

――その間違いをちょっと正してもらえますか。

曽我部:あのー、でも俺もメジャーでやってた頃は、毎回、ツアーやると赤字出してたし。

――(笑)そうなんだ。

曽我部:ユニバーサルでやった時も、ムゲンでやった時も、350万くらい赤字になったわけ。で、あのさあ、ツアー回って、ローディーが2人くらいいるじゃん? ローディーってまあ、チューニングしたり、弦張ったりとか。

――楽器持ってきてくれたりとかする。

曽我部:とか、運転したりとか、ライブ終ったら楽器をクルマに積んだりする役目の大人が2人いるわけよ。でさ、プラス、マネージャーがいて、下手したら……あ、下手しなくてもPAはいるよね。で、下手したら照明さんも連れていくっていう。で、終ったら、打ち上げだっていって居酒屋の座敷とって、わーってやるのも、全部こっち持ち。っていうのをやってたら、どんなにしても赤字っすね。

――(笑)うん。それを全部やめたと。

曽我部:全部やめた。だってローディーにしろ、照明さんにしろ、PAさんにしろ、全部いるんだもん、ライブハウスに行けば。「それが揃ってますよ」っていうのがライブハウスの値段で。だから、ライブハウスって1日借りるのが20~30万するんだけど、それ全部込みでさ、20~30万でこっちに提供してくれるわけ。でも、それじゃ満足できないから、自分のスタッフを連れて行きますよ、っていうのがツアーじゃん。「そんなことしなくても現地にプロのPAの人いるんだから、全然いいじゃん」とか言って、やり始めた。

――えっ、じゃあ、ソカバンって地方はPA一緒に行ってないの?

曽我部:行ってないの多いよ。カタやん……まあ、兵庫さんも知ってるけど。

――はい、片山さん。ソカバンとかフラカンとかやってるPAさん。

曽我部:は、ハコが大きいところは行ってくれるけど、ちっちゃいとこでお金になんないとこは連れてかない、悪いし。そういうふうに、超カットしてやって、その最初のツアーでかなり黒字になりましたね。だから、ロック・バンドのツアー、イコール赤字っていう幻想に終止符を打ちましたね(笑)。

――なるほどね。あと、最初の間しばらくは、マネージャーも曽我部恵一バンドのベースの大塚くんだったですよね。今は代わったけど。

曽我部:ツアー・マネージャーね。

――うん。つまり、そこでもまた、スタッフ1人分浮くという。

曽我部:そうそう、もちろん。これは渋谷陽一イズムなんだけど。

――(笑)渋谷陽一イズムって。

曽我部:要するに、編集もやりながら、原稿も書きながら、営業もやれと。「それあたりまえじゃん、社員なんだから」っていうとこですよ。「ベースだけど、ブッキングもやろうよ、ヒマな時に」みたいな。「俺も、宛名も書くし曲も作るよ」みたいなね。もしそれでね、お金も増えるなら……経費を削減できて、各自に残るお金が増えるなら、それ全然ハッピーじゃんて思って。
だから、できるだけ小規模にして、問題も小規模にしていこうっていうのはありますよね。バンド内で完結できる、チームで完結できる、外注で外にどんどん振っていくんじゃなくて、自分たちでちゃんと隅々まで把握して、その上で誰かのサポートほしいねって時に、外に振ると、すごいいいんすよ。だから、今はでっかいライブやる時はイベンターさんをお願いしてるけど、そことの関係もさ、お互いに何が必要かがわかってるから。すごい前向きな、いい関係が保てる。「じゃあ、ライブよろしくお願いします、ドーン」みたいな丸投げじゃないから。

――じゃあ、初ツアー終って、「これならいける!」って感じだったの?

曽我部:「あっ、よかった」って思って。だから、結構一生懸命やって、ちゃんとお金も残って。チケットもすごい安くしたからね。今まで4000円とかでやってたのを、2500円とかにしたし、そしたら若い子もちょっとずつ増え始めて。「とりあえずは失敗には終んなかったね」っていうことで、うれしかったですよ。

8 Do It Yourselfの大変さと喜び

――自分で会社を作って全部自分たちでやることにして、ここまでの話だと、まったくいいことばっかりだったみたいに思えるんですが、当然そんなはずはないわけで。

曽我部:うんうん。

――会社を作って初めてわかった「うわあ、これ、こんなに大変なんだ」「うわあ、これ困った」っていうようなエピドードをですね、いくつか開陳していただければ。

曽我部:う~ん、まあ、でもその、ツアーを自分たちだけで、スタッフを雇わずにやるっていうことの、肉体的なしんどさはやっぱあるよね。要するに、九州だったら九州に運転して行って、10時間ぐらいかけて。それで着いたと思ったら楽器全部下ろして、それをステージに持ち上げて、下手したら階段で、地下2階とか地上3階とかのライブハウスで、エレベーターない所もいっぱいあるんで、そこまででっかい機材を持って上がって。で、組んだと思ったら、もう、すぐライブ。で、わーって2時間とか3時間やって、それから物販を自分たちで手売りして、片付けして、次の街でしょ。それが肉体的にはやっぱりしんどいけどね。でも慣れちゃった、もう。

――「そういうもんだろう」って?

曽我部:そういうもんっていうか、体がそういうふうになってきちゃって。昔だったら、「これちょっともう無理」とか思ったんだけど。今はわりかし慣れてきて、いい感じっすよ。まあ、慣れちゃうよ? 引越しのバイトだと思えば。

――(笑)。

曽我部:引越し屋のバイトを2時間やった後、ライブだと思えば。

――でもなかなか、引越し屋のバイトを2時間やった後ライブしてる、プロのバンドはいないわけで(笑)。

曽我部:現代のバンドはそこまですべきよ、やっぱ。だって、CDが売れないんだから。絶対的な現実としてさ、CDが売れないっていうのがあるわけじゃん? それをやっぱ受け入れなきゃいけないわけだし、どんな人も。やっぱり引越し屋のバイト2時間やってからやるべきだよね。

――でも初めはびっくりされなかった? ライブハウスの人とかに。

曽我部:びっくりされますよ、うん。だからよく、地方で、小さいとこで弾き語りとかで呼ばれるじゃん。で、1人で行くんだけど。ギター持って、荷物の中に物販入れて行くと、「1人なんですか?」ってよく言われる。

――まあそりゃ言うよね。

曽我部:でもさ、ぶっちゃけ、もう1人いたら、宿泊も移動も倍かかっちゃうわけで。それだったらその分、俺ほしいな、みたいな(笑)。ってとこはありますね。あとはやっぱ、会社っていうのはスタッフがいて、お給料をちゃんと払わなきゃいけないし、お給料を上げていかなきゃいけないから。やっぱりみんながんばってくれた分、お給料を上げていきたいし、ボーナスもいっぱいあげたいしっていうのを考えると、本当に切り詰められるところは全部切り詰めてやんないと、会社に残るお金は増えていかないから。
だから、できるだけ、いいものをいっぱい作りつつ、同時に切り詰めつつっていうのは、常に頭の中で考えなきゃいけないから。そこと、自分のお金に左右されずに、自由に何にも考えずに音楽作りたいってとことのせめぎ合いは、やっぱありますよね。

――というか、むしろメジャーの頃よりもありますよね、人任せじゃない分。

曽我部:あるある、全然ある。だから逆に、お金のことがちゃんと頭で理解できてれば、そこから逃れることも……逃れるっていうか、そこから一歩出た所、自由な所に立つことも、簡単になるかなあと思いますけどね。

――そういう大変さ、プラス肉体的な大変さ以外にはどんなことがあります?

曽我部:うーん、それは大変だとは思ってないけど、わかってないこととか、知らないこととかいっぱいあるから、そういうのを勉強したりとかすることとかはあります。

――例えば支払いとかも、何日締めで何日払いとかね。

曽我部:あるある、はい(笑)。

――例えば、CD出して、「おお、売れた! よかったよ!!」、ツアー回った、「いっぱい入った、よかった!」ってなっても、その場で現金が入ってくるわけじゃないじゃない。

曽我部:うん。だから、お金がなくなったりっていうことは、ないようにはいつも考えてるんですけど。それを日々考えていかなきゃいけないっていう重荷は、そのしんどさの中に入るっちゃ入るけどね。

――お金がなくなっちゃったりすることもあるんですか?

曽我部:初期はありましたよ。だからレコーディングに使って、できました、売れました、ってなっても、すぐには入ってこないじゃん。出ていくだけなんで。だから今はそれを見越して、資金繰りはやるようには、もちろんしてるけど。

――じゃあ、最初の頃は「うわっ、これ給料払えねえ!」みたいな?

曽我部:給料払えないは一回もなかったけど、ギリギリの時はありました。だから給料払えなくて、お金借りてきたこともありますけどね(笑)。

――えっ、それ銀行に?

曽我部:銀行とかに、うん。だからまあ、給料払えなかったっていうのは、経営者としてはもうアウトなんで、それは絶対ないように。もしそういうことが起きたら、自分がやるべきじゃないなって思ってるし。

――銀行に行って、「これこれこうでこうで、この月になればこれだけライブのギャラが入って、この月になればこれだけCDの売り上げが入るので、返せます。だから今貸して」みたいに交渉したの?

曽我部:しましたね。ま、今、めちゃくちゃ莫大な金じゃなければ貸してくれるんで。あと、あの、アットローンみたいなのもあんじゃん。

――うん。それはちょっとリスキーなのでは(笑)。でも、そのぐらい? 大変さって。

曽我部:うん。ただそれを、そんなに大変って俺、感じてないかなぁ……。

――でもそれこそ、普通にメジャーでね、事務所とレコード会社と契約してやれば、音楽のことだけ考えてればいいわけじゃない? そんな「銀行の資金繰りが」、とかさ、「ライブの経費が」みたいなことは、人に任しとけるわけじゃないですか。その大変さは感じないですか?

曽我部:あんま感じてないし、自分っていうのは何なのか、どういう、自分に見合ったお金を人から取ることができるのか、それをちゃんと考えながらやるっていうのは、すごい大事なことだなって考えてて。俺は歌がすごい好きだから歌ってます、お金はどっか知らない所から湧いて出てます、ってことじゃなくって、「俺は歌を歌ってこの額のお金をもらってる」っていうことで、すごい全部が生活ってことに結びついてて、それは自分としては、すごい気分がいいんですけどね。

――たまには「もう大変だな、誰かやってくんないかな」みたいに思うことはない?

曽我部:ある。たまにあるけど、まあ、誰もやってくんないからやるしかないなって思って(笑)。後には引けないし。だからね、こういうことが一番苦痛ではある――もう何もかも投げ出して、スイスかどっかに行って、農夫になってのんびり暮らしたい、というふうな衝動性を持てない自分が。家族もいるし、スタッフもいるし、明日からもう全部投げ出して、どっか行こうっていうのはできない、若い子と違って。

――そうですよね。

曽我部:それが夢だったからさ、俺。いつでもね、全部投げ出して好きな所に行けるんだっていう、その自由さを持っておくために、結婚も絶対しないし、子供も絶対作んないし、できるだけ、いつでも自由で、お金からも自由でいたいなっていうのが、ずーっとさ、若い頃の理想だったから。だから、それともう180度真逆のところに、今、自分がいるっていうことは、若い頃の自分にとっては、ちょっとうしろめたかったりもするけど。
でも、そのいろんなものを抱えながら一生懸命やっていくことに、ものすごい大事な意味とか、ひょっとしたらその先に自由があるのかなって思ってるし。外国行って旅することはさ、旅じゃなくって。今こうやって、わかんない何かに立ち向かいながら、その自分の信念を持ってずっとやっていくことの方が、全然旅だなって思ってて。
だから、実は、若い頃っていうのは、理想をものすごい美しく描いてたけど、今は理想をちゃんと地でできてんじゃないかな、とも思う。

――ただ、そういうふうな話だけをきくと、もしかしたら、メジャーでやってた頃よりも、今の方がもっと不自由かもしれないですよね。

曽我部:うんうん、当初の意味合いでいうとね。全部投げ出せないからね、うん。

――前回ちらっとうかがったんですけども、バンドのメンバーがROSE RECORDSの社員だったりするじゃないですか。そのシステムにしようと思ったのは、どういうところから?

曽我部:いや、やっぱり、渋谷(陽一)さんが昔、リヤカー引いて本を納品に行ったとか……。

――(笑)あれはちょっと眉唾ですけどね。

曽我部:あと、兵庫さんが営業しながら原稿も書いてるとか。ミュージシャンも、そういうのでいいじゃんって俺は思ってたんだけどね、うん。なんか、ミュージシャンっていうのはアーティストで、ちょっと浮世離れしたもんじゃないとダメなんだ、っていうのは、もう、今21世紀にあんまり通用しない考え方じゃないかなって思ってて。どっかその辺のコンビニの兄ちゃんが歌いだして、でもすっげえ人気があるんです、みたいな方が、面白いと思うのね。だから、そういう時代なのかなとも思うしね。それは経済的な必然でもあるし。ただ、自然とそれをやってるんであって、方法論だけを優先してるだけではないですけどね。
僕らの場合は、スタッフそんなに雇えないっていうのが、まずあった話だし。「じゃあスタッフもできる?」「やってみます」みたいなことで始まった話だから。それが、今、形になりつつあるだけの話で。まあ、だからパンクだよね、ある意味。

――まさに“Do it yourself”ね。

曽我部:うん。だから、そうやってやり始めた感じ。“Do it yourself”っていうその思想は、その後知ったんだけど。「ああ、例えばアメリカのハードコアのバンドたちがやってたことって、自分たちが今やってることとほとんど同じだなあ」とか。

――ちなみに今ドラムの太田くんは――。

曽我部:フリーです。太田くんは、曽我部恵一バンドのドラマーになってねって言った時に、もういろんなバンドをやってたから。サポートで、プロとしていろんなバンドをやりながら、お金をもらってたから、全然それも続けながら、うちの正式メンバーになってねってことで。太田くんは、いろんなところでドラムを叩きたいっていうのが、おそらく今もたぶんあるから、それを阻害することは一切せずに。
だから、バンドは全員、事務所が借りた一軒家に4人で住まなきゃいけない、っていうような思想は別になくて。みんながみんな好きなことをやりながら、そのバンドっていうものが回ってる、っていうのが結構大事で。
で、ギターのトモちゃんは、カフェでさ、シェフを――料理を作ったりできるから。そこでさ、お客さん食べに来てくれるから、お金にもなって、だから、すごく有機的に、みんながいろんな食い扶持があって、すべてその、ひとつの生活っていう大きいものに入ってるんだと思う。

――なるほどね。じゃあ、ちょっと生々しいことききますけど……今は代わったけど、以前ベースの大塚くんが、ベーシスト兼ツアー・マネージャーだった時は、ベーシストとしてのギャラと、ツアマネとしてのギャラは、別に支払ってたんですか?

曽我部:ケンちゃんは一緒です。トモちゃんは別ですね。でも、まとめても別でも、だいたい同じですね。

――なるほどね。ちなみに、あたりまえだけど、曽我部くんが社長なわけで。ボーカル&ギターが雇用主で、ベースとギターが社員っていうのは、やってみてどうですか?

曽我部:だいぶ年上だからね、俺が。たぶん、例えば同じ年齢で「一緒にバンドやろうぜ!」ってとこからスタートして、その中の誰かが社長になるっていうと、いろんな軋轢が生じていくんだろうけど、曽我部恵一俺はそもそも自分のキャリアが10年くらいあったとこから、ケンちゃんとかトモちゃんと知り合って「一緒にやろうよ」ってなったから、今はスムーズだけどね。
別にだから、俺が社長である必要も……ま、最初の出だしがそうだったからってだけで、みんなの意見の中で進んでますね。だから「給料足りてる?」とかしょっちゅう話すし、子供生まれた時はもちろん「給料増やしてよ」って言われるし。「あぁ、そんじゃ増やそう。どんぐらい増やせるかなぁ」って話するし。そういう中でやってますけど。

9 CITY COUNTRY CITY オープン

――で、ここまで、自分の会社、ROSE RECORDSを作って、こういうふうに運営してきました、という話をうかがってきましたが、なんとそれとは別に、お店まで。

曽我部:お店、はい。

――CITY COUNTRY CITYという。下北沢駅より徒歩1分ぐらいかな、あそこは。

曽我部:徒歩1分ぐらいですね。

――という場所にですね、中古レコードショップ兼カフェを――。

曽我部:カフェ、で、夜はバー。隠れ家的なお店なんで、みなさんぜひ(笑)。『世田谷ライフ』にも載ってますから、最近。

――(笑)ああ、見た見た。『世田谷ライフ』っていう、世田谷区限定の雑誌に。

曽我部:奥さん系だよね。マダム系の雑誌。

――そう、あれを立ち読みしてたら、普通に載っててびっくりしました(笑)。

曽我部:何回も載ってんですよ、実は。

――あと『るるぶ』の下北沢特集にも載ってた(笑)。

曽我部:『るるぶ』とかにもね、取り上げていただいて。や、でも本当に、全然……CITY COUNTRY CITYっていう店は、みんなのたまり場作ろうって言ってて。『金八先生』でさ、加藤がたまってる、バーっていうか喫茶店かなんかあるじゃん。そういう、みんながたまれる場所っていうかさ。インターネット上のコミュニティじゃなくって、場がほしいねってところで始まったんですよね。だからそれが発展して、今、なんかパスタが美味しいとか、隠れ家的とかって言われてんだけど、ほんとありがたいし、すいませんって感じだよね。がんばりますみたいな感じです。

――オープンしたのいつでしたっけ。

曽我部:ええと、2006年の4月か5月。

――とはいえ、あんな下北沢の一等地に、あんな坪数のお店を構えると、それなりのお金がかかるわけで。大変じゃないですか。

曽我部:だからね、まず親友が……あの、平田くんっていう、店長なんだけど。彼がずっとレコードショップで働いててさ、ディスクユニオンで。「レコード屋やりたいんだよね」って話をずっとしてたわけ、飲むと。で、なんか「やろうよ!」みたいな話になって、「じゃあやる?」って、物件探し始めて。

――すいません、その時は先立つものはあったんですか?

曽我部:先立つものは、その時は特に考えてないですね。で、ほら、例えば家賃が安くても、保証金っていうのが何百万円もかかるとかっていうことも、その時は知らなかったから。ちょっとびっくりしましたよ。でも、だからなるべく安いとこ探して。あそこって、みんなが想像するよりもずいぶん安いと思う。ボロボロのビルだし。で、まあ、今は、元々入ってたお店の跡形もないんだけど、結構貧しそうな印象の、「ここ、あんまり入りたくないな」っていう物件だったから、実はあそこ。

――あ、そうなんだ。で、内覧に行って?

曽我部:そう。で、いろんな物件見たよ。下北って異常に高くて、やっぱり。でも、なんとか安く借りて、安くものを提供して、レコードもそうだし、お酒もそうだし……みんなであんまりお金をかけずに、面白いことをやっていきたいなっていうコンセプトがあったから、できるだけ安いとこを選んで、内装も自分たちでやって。意外とお金はかかんなかったですけど。

――でも当然その頃には、曽我部さん、経営者として多少の経験は積んでるわけで。「ここを借りて、家賃払って、給料を払って、店を維持していくには、月の売上げこれくらい出さないと」みたいな皮算用をするわけでしょ?

曽我部:うん。それをもう夜な夜なやってました、平田くんと。

――で、「いける」ってなったの?

曽我部:うん、なったなった。「1日に最低お酒が何杯出て、レコードが最低何枚売れたら、絶対いけるよね」ってことで、スタートしたけどね。

――それは結構固めに、石橋を叩いて渡る感じで?

曽我部:うん。もう全然低めの売り上げ設定で、「最低これぐらいは上がり出るだろう」っていうのがあるじゃないですか。で、そこに対しての料金設定があって、って感じです。

――カフェはまだわかるんですけど、レコードショップ、しかもアナログ中心……っていうか、ほぼアナログ専門ですよね。っていうのは、今の世の中の時流から考えると、大変な業種じゃないですか?

曽我部:まあ、ほとんど需要ないですからね。でっかい音楽産業って中で考えると、中古のアナログレコードの需要なんて、0.001ぐらいじゃない? でもさ、下北沢のディスクユニオンはいつも人がいっぱいいて、みんなが必死でレコードを見てるじゃないですか? だからそのでっかい産業の中で、俯瞰で見るとさ、見えないぐらいだけど、その中にググググッて入っていくと、でっかい需要として存在してるわけですよ。だから、それもわかってたから。

――ほんと? でもさ、それこそ、たぶん世界で一番アナログショップがあった渋谷からも、今ほとんどお店がなくなっちゃいましたよね。

曽我部:大変ですよね。僕がね、平田くんとよくしゃべるのは、日本全国に、アナログの中古盤を血眼になって探す連中って……兵庫さんもそうだし、俺もそうだけど、まあ、1000人じゃないかな?

――(笑)少ないなあ!

曽我部:1000人が回していく業種だから、安く、良心的にやろうねっていっつも言ってるの。だから、変に儲けようとかね、アナログでちょっと一旗挙げようとかね、ちょっと一財産作ろうとかっていうのは、全然ないです。だから、1000人のために回っていけばいいし。まあ、増えないだろうしさ、増えても知れてると思う。でも自分たちが好きなとこだから、その中で良心的にやっていけば、間違いないんじゃないかな、っていう話はいつもしてて。
だから「変なものを高く売りつけたりとかは、絶対やめようね」って。自分たちが好きなことだから。ほとんどさ、顔も知ってるぐらいの人じゃん、その1000人って。「だからそんな感じだよね」って話をいつもしてる。
だから、下北にある他の中古盤屋さんとも、いろいろ情報交換しながら。「来月買い付けに行く」とか、「どこの店がよかった」とか、そういう世界です。ほんとに小さい世界。
あと、カフェが難しいっていうのも知ってたのよ、下北って。やっぱりさ、家賃が高いからって、コーヒーって値段上げられないじゃない。例えばコーヒー1杯で1時間、2時間っていられると、もう店としては絶対回んないからね。お店の家賃は、24時間のうち何時間使っても同じだから、じゃあ夜はバーにして、できるだけ回そう、って言って。
そうこうしてるうちに、ギターのトモちゃんが、ずっと町田のレストランでバイトしてたんだけど、もうさすがに忙しいっていうんでやめたんです。で、「ここでちょっとランチとかやったら? 副収入にもなるじゃん」みたいな話になって。そしたら、またそこに、すっげえ人が来てくれて、お客さんが。

――ランチパスタ、確かに旨いですよね。

曽我部:うん。前からケンちゃんと「トモちゃん、パスタやったらたぶん行列できるよね」って言ってたの。すっごいおいしかったから、町田でやってた時も。でも、本当にそうなった。だから、土日とかはお客さんは入れなくて、並んでもらったりとか。

――ちなみに私はですね、最初にそのCITY COUNTRY CITYに足を踏み入れた時に――。

曽我部:できたばっかりの頃、うん。

――まず「老後? 老後なのここは?」って言いましたよね。憶えてます?

曽我部:ああ、言ってたね。なんか「男の夢じゃん、これ」とか(笑)。

――そう、「これさあ、定年後の夢じゃん」って。レコード買えて、酒飲めて、しかも最初は本も売ってたんだよね。

曽我部:そうそうそう、本売ってた。

――「きみは何? もう隠居なの?」って言った記憶が(笑)。

曽我部:言ってたね。でもだから、あそこを作ったことで、「ああ、いい仕事したな」とは思ったんだよ。すごい若い人たちも来てくれるし、そこでまた新たなコミュニティができたりとか、パーティーやったりとかしてるから。なんか俺は、その最初のお金を出したりとか、いろいろ計算したりとかしたけど、それをみんながちゃんと受け入れてくれて、それを使ってくれてるっていうのはすごいうれしいっす、うん。

――ちなみに、きっちり黒字計上で、いい感じで回ってるんですか?

曽我部:かなり。僕はちょっと不安性なので、かなり心配しちゃうんですよ。お金がちゃんと回っていくかどうか。だからそこはしっかり計算してて、よかったなって思って。

――ファン以外も来てるもんね。

曽我部:うん、だからマダムとか(笑)、俺のこととか全然知らない人も。もちろんファンの人も来てくれるし。

――私もそれなりに、曽我部さん関係なく、普段利用させていただいていますが。

曽我部:ありがとうございます。

――ふたつクレームがありましてですね。ひとつは、レコードの値付けに、バグがなさ過ぎ(笑)。

曽我部:なるほどね。うーん、そうなんだよね。それ、前から言ってるね。

――うん。レコードを漁る時って、「こんなレアなレコードがこんな安く出てる」っていう喜び、あるじゃない? 逆もあるわけ、「こんなクソ盤に高い値段が」っていう。それがどっちもないんだよね。正しい値段が付いてるの、いつも。

曽我部:そうなんだよね。わかってる値付けになってるんだよね。

――そう。全然無名のやつだけど、試聴したらすげえよかった。っていうレコードは、無名なのに、ちゃんと高いの(笑)。

曽我部:そうそう。

――あと、「有名なアーティストだけど、この作品はゴミだな」っていうのは安いんだよね、ちゃんと。

曽我部:そうだよねえ。でもそれ、しょうがなくない?(笑)。でも、その中でもディスクユニオンはさ、ほんとに自分たちも一番好きで、下北で一番でかいとこでしょ? そこよりは安く付けないとまずいよね、っていうのはあるけどね、一応。

――うん。あともうひとつは、夜のバータイムは、もっととった方がいいと思うんだけど(笑)。

曽我部:あ、金を?

――うん。ノーチャージじゃない? だから、たまに友だちと行ったりして、結構飲んで、「酔っぱらった、帰ろう。お勘定」って言ったら、2人で4000円とかで、「え~っ!?」みたいな(笑)。

曽我部:まあ、あの……それはね、自分たちなりに考えがあって、チャージとってお酒の値段上げると、お客さんの質が変わってくるんすよ、確実に。俺たちは、バンドの練習した後に、サクッと1杯ビール飲んで帰ろうか、っていうようなバーにしたいわけ、バーって言っても。大人がしっぽりと飲みに来るスペースとかになると、そこまで俺らも考えてないし、そういうとこに対応できる術もないんで。なんかみんながワイワイ、「あ、俺今日ちょっと飲み物、いいんで」って言ってる奴もいるぐらいの感じの、部室っていうかさ、学食っていうか、そういう感じにしたいのよ。
それは何故かっていうと、新しいものを、文化を作っていく人っていうのは、絶対に、お金がない若者なのよ。お金がない若者が、新しい何かを作っていくから、お金がない若者が常にいる場所にしなきゃいけないとは思ってる。だからそのために、誰でも出入りできるような低い値段の設定にして。だから、パーティーやる時もタダだし。にしないと、こっちは企業で、向こうはただお金をとるためのお客さんってなっちゃうから。じゃなくて、なんか人材がそこから出てこないかと思って。それを、あの、狙ってます。

――ユース・カルチャーの担い手としては正しい発想ですけど、経営者としては、「一番金持ってない連中相手にしてどうする」みたいな気がしなくもないですが(笑)。

曽我部曽我部恵一そうだよね。でもそこからしか面白いものは出てこないわけよ、結局。で、それもわかってるから。自分がそうだったわけじゃん、お金がない若者だったから。そっからしか新しい発想、出てこないんだよね。で、絶対におじさん臭がしない……俺はおじさんだけど、おじさん臭がすると、若者もう寄ってこないわけよ。ちゃんと「何々をいくらで買いに来た」っていうお客さんしか来なくなっちゃうから、何かを作りにその場に来たって人は来なくなっちゃうんだよね。
だから、一応ゆるくしてある。できるだけゆるく見えるようにしてますね。だから業者とかもなるべく入れないの。トイレでも何でもさ、「感じいいな」って思うのってさ、業者が入って感じよくなってるのと、「なんかただいい感じだな」ってなってるのと、ちょっとニュアンスが違うじゃん。だから、なるべく工務店とか入れずに、手作りでやろうねってコンセプトです。

10 経営者としてのビジョン

――はい。では、最後に、ふたつききたいことがありまして。まず、経営者としての今後のビジョン。どういうふうな未来像を描いていて、どういうふうに活動、経営・運営を進めていこうと思っているか、その辺を教えてもらえますか?

曽我部:はい。これはたぶん、かなり、読んでる人はリアリティが持てない話になってくると思うんだけど、会社としてのシステムは、みんながスムーズに仕事できるように。それを整備するのが、とりあえず当面の、1年先とか2年先のビジョンですね、僕の。
スタッフも自分も、スムーズにいろんなことが仕事できて、対外的にもライブのオファーしてくれる人とか、例えば取材のこととかもさ、ちゃんときっちり対応できていくっていうことを、まず1年先、2年先にきっちりできてないと、そこから先はないんだろうなというのは思ってて。だからまずはそれをやりたいなって思ってる。
将来こういう仕事をしていきたいとか、こういうふうにしていきたいとか、もっとネットとかを充実させて、いろんなことをお客さんと直でやりとりしたいなって夢とか、いっぱいいろいろあるんだけど、まずはその会社のスタッフとか、僕のシステム自体をもっと確立することをしたいなってことはあります。

――今、ROSE RECORDSとCITY COUNTRY CITYで……バイトさんとかも合わせて、全部で何人ぐらい?

曽我部:バイトさん合わせて、何人だ? ……全部で、14、15人。ハワイ行った時、そんぐらいだったね、みんなでね。

――社員旅行? 社員旅行、行きましたか(笑)。

曽我部:行ってますね。何回も行ってるんですけど、海外は初めて。や、で、俺ひとつ思ったの。日本ってさ、「働くだけ働け」みたいな感じじゃん。「行くとこまで行け」みたいな感じじゃん。じゃなくって、だからこないだ言ってたのは、「1ヵ月休もう」って話してて、夏休みで。で、1ヵ月、別に給料はあるんだけど、休もうよ。その間に、なんか得よう……得ようっていうか、自分が何のために仕事してるかとか……今ってもう、仕事のために仕事してるじゃん。じゃなくって、なんか、「生活とか、遊びとか、休みとか、いろんなものがあって、その中に仕事っていうものもある、っていうふうに捉えられるように、休もう」って話してて。
なんか今まで、一生懸命とりあえずライブをやるだけやろうとか、もう寝ずにレコーディングしようとか、そういうのをわりと大事にしてきたんだけど、今後は生活をちゃんと有機的に仕事と結びつけていって。自分の趣味とか、遊びと仕事っていうのが、どんだけ有機的に結びついてるかが、たぶん次の可能性だと思うんですよね。だから例えば、ほんとにネットがすごい趣味で、ネットが楽しくて、いっつもお休みはネットやってるっていう人がさ、それを仕事に持ち込んだ時に、強くなっていくだろうし。みたいなことがいろいろあると思うんですよね。そういうのは、なんか考えてますけどね。なんか、だから遊ぼう、みたいな。できるだけ遊ぼう、みたいな。

――でも、経営がちゃんと回っていないとそんなこと言えないよね。

曽我部:で、そうじゃないと、仕事が前向きになっていかないんじゃないかと思うんだよね。何で自分たちがレーベルを経営して、運営していってるんだろうっていうのはさ、やっぱ楽しいからだよね、最終的には。お金が儲かるからとか、社会的な意味があるとかじゃなくって、楽しいからやってて、好きな仕事なんだってほんとに思えなきゃ意味がないと思うから。そう思うためにもっと遊んで、そこの遊びとかいろんな生活とかと、レーベルの運営の間に、どういうふうなパイプを作れるかっていうのを、みんな、スタッフも含めて持たないと。じゃないと、ただ働いて「はい、じゃあお金」ってなっちゃうと思うし、そういうとこは今後ちゃんと、考えていきたいなっていうのはありますね。

――うん。ずいぶんちゃんとしたことをおっしゃってるんですが、昔を思い出すとさ、曽我部くん、もともと結構ルーズだったりとか、わりと自由人な体質だったじゃない?

曽我部:俺? うん(笑)。今もルーズですけどね。

――でも昔は、いつも遅刻してたけど、今はそうでもないよね。やっぱり、経営者になって、ずいぶんちゃんとした感じになったのかなあと。

曽我部:や、時間にルーズなのは相変わらずなんだけど……やっぱ、あのね、よくはなったっすね。たぶん。酒飲まないじゃん。昔さ、下北で俺が倒れてるとこよく見たでしょ? 夜歩けば、道ばたで。

――(笑)うん。

曽我部:そういうのがないもん、今、さすがに。

――お酒は、経営者になるがゆえにやめたんですか?

曽我部:それはかなりありますね。今は、誰も自分をサポートしてくれないっていう自覚がやっぱあるしね。レコード会社が、「はい、レコーディング」って、運転手が連れていってくれて、「ここでギター弾いてくださいよ」っていうシステムじゃないから。自分で電車乗っていかなきゃいけないし、だったら何をやめるかなってときに、酒だったね、うん。女性と。

――「女性と」って(笑)。わりとすんなりやめられました?

曽我部:うん、もう全然すんなり。でも、1年に2回ぐらい飲むかな。飲んだらもうアウトですね。

――あ、昔に戻ってしまう?

曽我部:もう翌日いっぱい目は開けませんね。こないだも俺、泥酔して寝て、ホテルで、鍵開けられて起こされましたもん。荷物も全部用意されて、「すいません……」みたいな。飲むとそうなっちゃうね、結局。

――経営者として自制してるんだ?

曽我部:もう、どれだけ自制できるかって感じで。だから逆に、ライブとかさ、「何やってもいいよ」って言われた時の破壊力は、増えたかもね(笑)。

――ああ、なるほどね。はじけっぷりが。

曽我部:うん、はじけっぷりが。

――で、もうひとつききたいのは――曽我部さん、ROSE RECORDSからすばらしい作品をいっぱいリリースされていますが、その作品のすばらしさは、ここまでうかがってきたような、レーベルを運営して、全部自分でやって、という、その今の活動のしかたと結びついているものですか?

曽我部:えーと、5、6年やって、初めて結果が1個出たなっていうのが……いろんなことを、“Do it yourself”で自分たちでやってきたのことの、1個の結果が、曽我部恵一バンドの1stアルバムの『キラキラ!』だった、っていう感じはしますね。あのへんからさ……ツアーやっても、全然今まで知らなかったような若い子たちが来てくれたりするわけ。それってやっぱ、草の根で、チケットの値段上げずにひたすら地方を周ってきたことの結果が、ちょっと出始めたのかなって感じがしてますね。
ほんとだったら、もっとボーンて宣伝してさ、『Mステ』に出ればさ、若い子ワーッて来るんだろうけど、それができないから、俺らはひたすら草の根でやるしかなかったんだけど、結果としてはひょっとしたら、それと同じようなことが得られるんじゃないか、っていう可能性は感じてますね。『Mステ』に出るのと同じくらいの結果は得られるっていう。

――今書いてる歌詞、歌ってる曲、出してる音、演奏とかも、やっぱりこういうふうに全部自分たちでやってこなかったら生まれてこなかったもの?

曽我部:もちろん、もちろん、うん。

――それは自分たちでも感じます?

曽我部:感じるし、その、「人生を歌うんだ」っていうふうに、思わなかっただろうね。自分たちの人生を歌うんだっていうふうに、前はそんなに考えてなかった。音楽っていうのは、アーティストが作り出すもので、部屋に閉じこもって一生懸命作るものだと思ってたからね。じゃなくって、こう、「自分たちはこうやって生活してんだ」ってことを歌うことが、歌だっていうふうに思えてきたのは、やっぱり最近のことですね。それはやっぱり、人生が充実してきたからだと思うんだけど。で、あとは歌うべきことが増えてきた、自分の日々の中で。

――じゃあ、さっきは経営者としてのビジョンを伺いましたけども、そのいわゆるアーティストとして、クリエイターとしてのビジョンていうのはどういうものがありますか?

曽我部:まあ、いい歌歌いたいなってだけなんですけどね。それを、いい歌を自分が歌っていけることにおいての、今の仕事かな、っていう。レーベルの運営も含めて、ツアーも含めて。だから、経営者としてっていうのと、歌を作る人・歌を歌う人としてっていうのを、あんまり分けて考えてないですよ。全部一緒ですね。いい歌をいい感じで歌うために、これをやってますね。



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