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10 メルトダウン

1993年リリースの、忌野清志郎&2・3’sの2ndアルバム『MUSIC FROM POWER HOUSE』に収録された曲。タイトルからしてもうずばりですが、正にこの1989年当時の原発問題に、直対応して書かれた曲ですね。つまり、RCの『COVERS』や第一期ザ・タイマーズと地続きの作品といえます。しかし、「オレの脳が メルトダウン 大脳も小脳もメルトダウン」って、今聴いてもすごい歌詞だ。「取り返しのつかない事に なってしまった もう だめだ 助かりゃしない 誰も」「科学の力を 信じていたのに」という直接性、というかダイレクトさ、というかそのまんまさも、すごい。誰でも書けそうなくらいシンプルでストレートなんだけど、絶対に誰にも書けない、というタイプの名曲、清志郎には数多いが、ある意味その好サンプルのような曲だと思います。

9 ラッキーボーイ

1992年の2ndアルバム、つまり本来ならこのアルバムに続いて3rdアルバムになるはずだった『memphis』に収録された曲。前述のように、清志郎の憧れのミュージシャンたちがプレイした『memphis』のテイクに比べると、ややシャープでロック寄りなアレンジになっています。ホーンいっぱい入ってる感じとかは近いけど、リズムの立ち方がロック寄りな印象。
あとこの曲も、“Baby#1”と同じく、明らかに長男タッペイくんに捧げられたものであることが、モロに歌詞に表れています。“Baby#1”のところでも書いたけど、当時こういう「パパ清志郎」な曲に対して、「そんなアットホームな清志郎イヤだ」という古くからのファンも結構いたが、考えたら「自分にあったこと、思ったことをそのまんま歌う」という点において一貫している人なんだから、「それがイヤって言われても、俺ずっとそうじゃん」という気持ちだったろうなあ、と思います、ご本人は。

8 Like a Dream

オリジナル・アルバムには収録されていないが、92年のソロ名義でのライブ・アルバム『HAVE MERCY』に入った曲で、08年のライブ・アルバム&DVD『完全復活祭』にも収録されています。『HAVE MERCY』、よく聴いたなあ。RC、ザ・タイマーズ、またRC、休止してHIS、またソロ、2・3’s――みたいに、清志郎の活動が最も激化していた数年間の、そのソロと2・3’sの挟間の時期に出されたライブ・アルバムでした。メンフィスで彼の地の憧れのミュージシャンたちとレコーディングしたソロ・アルバム『memphis』のツアーで、そのミュージシャンたち、つまりMG’Sのスティーヴ・クロッパーやドナルド・ダック・ダンがバックを務めて行ったツアーのライブ盤だと記憶しております。この曲は、いわゆるスタンダード・ナンバーみたいなソウル・バラード。アレンジもコード進行もメロディ展開も、ソウル・ミュージック・マナーのそれです。よって、オルガンとホーンの音およびアレンジが大変に素敵です。

7 KI・MA・GU・RE

沢田研二に提供した曲で、彼の1989年アルバム『彼は眠らない』に収録。そのバージョンには、清志郎がゲスト・ボーカルで参加しているそうです。「そうです」って書いてますが、つまり、すみません私、このアルバムで唯一、この曲だけその、いわゆる「後に発表されたバージョン」を聴いたことがありません。つまり、私にとっては、ここで初めて聴く新曲です。なお、他の曲はすべて「作詞作曲:忌野清志郎」だが、この曲のみ小原礼との共作。
清志郎の得意技のひとつである、ローリング・ストーンズ・タイプのヨコノリなロックンロール・チューン。中盤のコーラスのところに、ストーンズの“ハーレム・シャッフル”からの影響が見えます。ただ、イントロで特に目立っているシンセの音色が、この作品がリリースされた1989年ならではな空気を感じさせます。YAMAHAのDX-7っぽい(実際どうか知らないけど)、いかにも「当時のシンセの音」なのです。この時代じゃなかったら、このパート、シンセじゃなくてホーンで吹いたと思う。

6 ニュースを知りたい

これは、のちに2・3’sでやって、TBSの「筑紫哲也 NEWS 23」のエンディングテーマになったので、ご記憶の方も多いと思います。で。今調べてびっくりした。これ、シングルになってないんだ? アルバム『GO! GO! 2・3’s』に入っていますが、それだけでした。なんでシングルにしない、そんなでかいタイアップだったのに。今さら言っても遅いが。
とにかく、「ニュース番組のエンディングテーマ」に、あまりにもぴったりな曲なので、私、てっきり筑紫哲也に頼まれて書き下ろしたもんだとばかり思っていました。失礼しました。ただ、後半の「聞かせておくれ 目立たないような ちいさな事件が 重なる訳を」あたりは、さすが清志郎と言いたくなる名フレーズ。
あ。2・3’sで思い出した。ウィキペディアの2・3’sのところ、ひとつ、思いっきり嘘が書いてあります。「山川以外のメンバーは清志郎のローディー出身」とありますが、違います。ローディーだったのはベースのアッキーだけで、ドラムの大島賢治は、元々THE BUDOHKANというバンドでデビュー、解散後、ブルーハーツが所属していた音楽事務所、ジャグラーで、ブルハなどのディレクターをやりながらシャムロックなどのサポート・ドラマーもやるという不思議な形態で働いているうちに清志郎と知り合い、そこから2・3’sが始まる、という経歴です。で、その後ザ・ハイロウズに参加、というのはよく知られていますね。
というふうに、ウィキって結構嘘や間違いが多いので、しかもさも本当みたいな温度で書いてあるので、気をつけましょう、ライターのみなさん。

追記:と、書いたところ、アップ直後に「この曲、シングル"いつか観た映画みたいに"のカップリングになってますよ」というご指摘のメールをいただきました。おまえが気をつけろって話です。失礼しました。つまり、このシングル、1曲目は映画『プロゴルファー織部金次郎』の主題歌、2曲目は『NEWS 23』のエンディングテーマ、の、ダブルタイアップだったわけですね。
ちなみに、ご指摘くださったのは、ある漫画家さんでした。面識はありませんが、「ええっあれ描いてる人!?」とびっくりしました。勝手にお名前書くとあれなので、やめときますが、教えてくださってありがとうございました。

5 Young Blue

1991年にリリースされた、HISのアルバム『日本の人』収録の曲“ヤングBee”の元曲。HISというのは、細野晴臣・忌野清志郎・演歌歌手の坂本冬美の3人からなるユニットで、学生服&セーラー服がユニフォームで、演歌と昭和の歌謡曲と(って演歌も歌謡曲だけど)ロックとフォークをミックスしたような、いや混ぜずにそのまま並べたような、なんとも形容に困る音楽をやっておられました。そもそもこのHISの前に、坂本冬美・三宅伸治・忌野清志郎のSMIというユニットがあって、同じく学生服&セーラー服・演歌+歌謡曲+ロック+フォーク、というコンセプトだった。確か、東芝EMIのライブイベント「ロックの生まれた日」に出るためにこしらえられたユニットだったような記憶があります。で、RCのリンコさんも参加、ウッド・ベースを弾いていた記憶もあります。でも、そっちでは音源は作らなかったので、要は、SMI→そのままのコンセプトでHIS、という流れだったのだと思います。
なお、“ヤングBee”は、坂本冬美と清志郎のツイン・ボーカルだったが、こっちは当然清志郎ひとり、あと歌詞もちょっと違う。アレンジ・曲調も、こっちはどブルース。「今夜俺を 欲しがって がって がって がって いいぜ」のところが、特にかっこいい。こういう、「ガッテ」とか「ガッチャ」とか「ガッタ」とかの、オリジナルのソウル/ブルース特有の歌い回しを、そのまんま日本でやってメジャーなフィールドで通用させたのは、清志郎が初めてだと思います。

4 Baby#1

本作のタイトル・チューンにして、全10曲中唯一の未発表曲、つまりピカピカの新曲! 一応ラブソングとしても聴ける形にはなっているが、明らかに、この頃長男のタッペイくんが誕生した、その喜びを歌った曲。ピアノソロで始まり、アコギだかバンジョーだかが鳴り、ホーンが響き、スチールギターだかボトルネックだかが駆け巡る、ちょっと南国な感じの、にぎやかなアレンジになっています。この数年後から清志郎は“パパの歌”などなど、「お父さんソング」や「子どもソング」をいろいろ作るようになるが、その最初の歌とも言えましょう。なんでこれだけリメイクしてなかったんだろう。スタッフに止められたのかな、「子どもの歌とかファンにいやがられるからやめましょうよ」とかって。そう、実際、「そんな家庭的な清志郎、イヤだ」というファン、いたのです。そんなファンたちに向けて、清志郎は “お兄さんの歌”というアンサーソングを書きました。最高でした、あれ。忌野清志郎&2・3’s 、1992年の1stアルバム『GO! GO! 2・3’s』に入っています。

3 恩赦

小林克也&ザ・ナンバーワン・バンドに提供、1993年リリースのアルバム『ます』に収録された曲の、オリジナル・バージョン。と、レコード会社の資料には書いてあるが、この曲、ライブで観た記憶がある。2・3’sだったっけ、復活した時のザ・タイマーズだったっけ。新宿日清パワーステーションだったっけ、日比谷野音だったっけ、2・3’sでやった清志郎の母校・都立日野高校凱旋ライブの時だったっけ。今、過去のディスコグラフィーを調べたら、1993年10月27日リリースの、忌野清志郎&2・3’sのシングル“プライベート”(好きだったなあこの曲)のカップリング曲でもあることが、わかりました。そうか。
ともあれ、昭和から平成に年号が変わったのはこのアルバムが作られた年、1989年の1月8日だったわけで、それに直対応して、というかインスピレーションを受けて、というかそれで思いついて書かれた曲なのは明らか。「新しい時代が 始まったから 犯罪者達に 恩赦がある」で始まり、サビで「恩赦 恩赦 恩赦 on your mind」で歌われる、もういかにも清志郎な名曲。清志郎、この頃のジャパンのインタヴューで「特に思想とかなくても、歌っちゃった奴の勝ちだよね」という発言をしていたのを、聴いていて思い出しました。

2 ヒロイン(HEROINE)

この曲も『Baby a Go Go』収録曲で、そっちのアルバムでも、1曲目の"I Like You"に続いて、2曲目に収録されている。「誰もが 大好きなのさ ステキな この物語の ヒロイン」というフレーズがなんだか意味深で、というか歌詞全体に「何のことだろう?」「誰のことだろう?」「どういう比喩だろう?」みたいな空気があって、当時いろんな解釈が、ファンの間で生まれた1曲です。RCバージョンと比べると、声と歌い方にエッジが立っている、というか、ちょっと毒々しい感じの歌い回しになっている気がする。
あと、ホーンがいっぱい入っているアレンジで、ちょうどいいので、この曲で説明しておきましょう。このアルバム、ミュージシャン・クレジットを見ると、LAと日本の両方でレコーディングされている。ギター・ドラム・キーボードはLAのミュージシャンたち、ベースはプロデューサーの小原礼、アコギは本人。つまり、アレンジのベーシック部分は、当時、LAでレコーディングされたもの。
で、どくとる梅津こと梅津和時のアレンジによるホーン隊や、ストリングスや、勝井祐二&芳垣安洋のROVOコンビによるエレクトリック・バイオリン&ドラムや、バッファロー・ドーター大野由美子のミニ・ムーグ&シンセが、今作のマルチテープにかぶせる形で、日本で新たにレコーディングされたものです。
なお、そのへんの追加アレンジやプログラミングやレコーディングやミックスは、フィッシュマンズやUAなどの仕事で知られるZAKが手がけています。

1 I Like You

翌年=1990年にリリースされた、RCサクセションのラスト・アルバム(に、結果的になった作品)『Baby a Go Go』(1990年)の先行シングルであり、同アルバムの1曲目であった曲の、別バージョン。というか、元のバージョン。『Baby a Go Go』は、春日博文がプロデュースし、当時彗星のごとく現れて洋楽好きの間で話題になっていたレニー・クラヴィッツのエンジニアの手によって、アナログな質感を目指してレコーディングされたアルバムだった。なので、この曲のRCバージョンのほうは、シンプル極まりないアレンジとデッドな録り音の1曲になっていたが、こちらのソロ・バージョンは、おそらく本人によるアコースティック・ギターが終始かき鳴らされ、ボトルネック・ギターのリードが響きながら曲が進んでいく、ちょっとウェストコーストっぽい、カラフルなアレンジに仕上がっている。
で。既に先日、スポーツ新聞なんかで報じられていたが、この曲、チャボさんがギターで、ご子息タッペイくんがコーラスで参加しておられます。なので、そのボトルネック・ギターがチャボさんなのでは、と推測します。無論、いずれもあとからかぶせたものです。



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