自由を獲得する「蹴り」の音

アルカ『キック・ワン』
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ALBUM
アルカ キック・ワン

あまりにも鮮やかな転身。前作『アルカ』では故郷ベネズエラのフォーク音楽を参照して「歌」を取りこみ、幼少期の記憶をメロウに鳴らしていたアルカだが、ありとあらゆるジャンルの断片を激しくクラッシュさせるようだったシングル『@@@@@』を経て、まったく新しい境地に達している。それは一言で言えば、ポップだ。

インダストリアルな質感を持った複雑なビート、多様なサウンドをまるでランダムにぶつける実験性はこれまでのアルカの個性を踏襲するものだが、その多くはボーカル・トラックで、キャッチーなフレーズがバンバン飛び出してくる。ラテンの要素が強いのも特徴だが、前作のフォークのメランコリックな響きとは打って変わって、レゲトンを思わせるアッパーなダンス・サウンドが鮮烈な色彩をまき散らしている。また、ビョーク、ロザリア、シャイガール、ソフィーと個性的な声を持った女性ボーカル・ゲストが参加しているのもポイントで、各曲でそれぞれの音楽性が発揮される。総じてカラフルなアルバムだ。

前作から本作までにアルカは性別移行を経験しており、そのことが彼女に生まれ変わることの喜びを覚えさせることになったという。そしてまた、複数のアイデンティティは個人のなかに同居しうると確信したことで、このような多面的な作品が誕生したのだと。だからここには、二元論で割り切れないどころか、無限のグラデーションのなかを自在に変幻するように強烈な自由なフィーリングがある。「ノンバイナリー」とはもちろん、男性女性に限定しないアルカの現在の性自認を表すものだが、同時に何物にも縛られないことを宣言するものだ。実験とポップは引き裂かれることなく、新生児のように元気のいい声をいっしょに上げている。 (木津毅)



詳細はBEATINKの公式サイトよりご確認ください。

ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』8月号に掲載中です。
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