日経ライブレポート「浜田省吾」

 被災地復興のため、ツアーの追加公演として行われたライヴを観た。浜田省吾やこのツアーについて知識のない人間が見たら、震災以降、原発事故以降の日本をテーマにし、新たに構成されたライヴだと思うかもしれない。

たとえば長いライヴのほぼクライマックスとして歌われる“僕と彼女と週末に”は、核の危険とその核に汚染されてしまった世界に生きることをテーマにした楽曲だ。この曲では、海辺で一晩明かしたカップルが翌朝目覚めると、浜辺に大量の魚の死骸が打ち上げられているという衝撃的な光景が歌われている。また彼の代表作“J.BOY”は、戦後日本の成長を信じて生きてきた日本人がアイデンティティを失ったときに、何を根拠に生きていけばいいのかという不安と戸惑いが歌われている。まさに2012年、我々日本人が切実に向き合っているテーマが歌われているのだ。

しかしこのライヴは震災後をテーマにしたものではない。ライヴの構成も演出も全て、震災前に出来上がっていたものだ。“僕と彼女と週末に”は82年、スリーマイルの事故はあったものの、日本人のほとんどが原発の安全性を信じていた時代に作られた曲だ。“J.BOY”も86年のバブル前夜、日本の経済力を多くの国民が信じ、その後のバブルの狂乱もそしてその崩壊も知らなかった時代に作られた曲だ。

改めて浜田省吾というアーティストがいかに日本の現実と向き合い、時代を的確に予感していたか痛いほど感じられるライヴだった。僕は優れたロック・アーティストは時代を歌うのではなく、時代に歌うことを強いられる人だと思っている。浜田省吾は、まさに時代に歌うことを強いられたロック・シンガーだということを感じさせるライヴだった。

2日、さいたまスーパーアリーナ
(2012年6月19日 日本経済新聞夕刊掲載)
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