今週の一枚 ゴリラズ『ヒューマンズ』

今週の一枚 ゴリラズ『ヒューマンズ』
ゴリラズ
『ヒューマンズ』
4月28日発売
※国内盤デラックス仕様の発売は5月17日

ゴリラズにとって、プロパー・アルバムとしては『プラスティック・ビーチ』以来6年ぶりとなる本作は、ヴィンス・ステイプルズが「空が落ちてくる」と繰り返しラップする不穏な“アセンション”で幕を開ける。その後もコラボレーターの枠を超え、ゴリラズの参謀的ポジションに付いているデ・ラ・ソウルがトリッキーなトラックに挑んだ“モーメンツ”や、ダニー・ブラウンの噛み付くラップとケレラの艶やかなボーカル、グレアム・コクソンの雷のようなギター・リフが渾然となった“サブミッション”といい、本作のムードを決定づけているのはヒップホップであり、ハウス・ミュージックだ。

サイケデリックやアフロ・ポップ、レゲエの緩くピースフルなミクスチャーによる逃避のパーティ・アルバムだった『プラスティック・ビーチ』とは極めて対照的で、レゲエ、もといダンスホールの要素はインターバル的に使われているものの、本作で支配的なのはあくまでモダンに洗練されたシティ・ミュージックであり、どこまでもリアリスティックな音楽だ。ジェイミー・プリンシプルとジブラ・カッツをフィーチャーしたハウス・アンセム“セックス・マーダー・パーティ”も、パーティ・チューンなのに緊張感が凄いことになっている。

デーモン・アルバーンは本作のインタビューで「ヒップホップやハウスは僕の専門分野というわけではないので苦労した」といった趣旨の発言をしている。これまでの彼のキャリアを思えば謙遜にも程がある発言だが、彼が「専門ではない」と自認しているものをそれでもここまでやりきったことには大きなメッセージが含まれているだろう。

ちなみにゴリラズが始動した直後、2015年頃のインタビューではデーモンは「ゴリラズの新作はアップビートでポジティブな内容になる。どの曲のテンポも最低でもBPM125はキープしたい」と語っていた。しかし本作は、そんな彼の発言を大きく覆す内容になっている。この『ヒューマンズ』が当初の想定から大きく外れ、ダークでシリアスな緊張感を孕んだアルバムとなった要因は、容易に想像がつくのではないだろうか。そう、簡単に言ってしまえば本作が当初のコンセプトから変化したのは、「世界」が変化したからだ。

世界の変化とは言うまでもなくイギリスのEU離脱であり、トランプ米大統領の誕生であり、その後もヨーロッパ、世界各地で燻っている不穏な変化への予感が、デーモン・アルバーンにこのアルバムを「作らせた」のは間違いないだろう。いくつものプロジェクトを掛け持ちし、器用にアウトプットを使い分けているデーモンだが、今回のゴリラズの新作はそのルーティーンから外れ、2017年の今、リリースすることに強い意義があるアルバムなのだ。


中盤、2DとD.R.A.M.の掛け合いボーカルがメロウでセクシュアルな“アンドロメダ”、ゴリラズというより殆どデーモンのソロ曲である“バステッド・アンド・ブルー”に至って、本作はゴリラズというポップ・フォーマットを借用して、デーモン・アルバーンのパーソナルな物語をも内包したアルバムであることが明らかになってくる。

振り返ってみればそれ以外の楽曲も、豪華コラボ陣を掻き分けるようにしてキー・パートは2Dことデーモンがかっさらっていくパターンが大半だ。そんな本作の構造もまた、バーチャル・バンド=ゴリラズというコンセプトの殻を突き破って響くメッセージの直接性、切実さを感じさせる結果になっている。

前作におけるボビー・ウーマックのような立ち位置で楽曲に風格を与えているメイヴィス・ステイプルズと、彼女の豊かな声の露払いのようにシャープなラップを繰り出すプシャ・Tのコンビネーションも素晴らしい“レット・ミー・アウト”を筆頭に、本作の後半はヒップホップからソウルとゴスペルの世界へと転じていく。

その終点で鳴るのが“ハレルヤ・マネー”だ。ホームレス経験もあるベンジャミン・クレモンタインが「お金万歳(Hallelujah Money)」と歌う、アイロニカルなダーク・ゴスペルである本曲は、トランプ大統領の就任式前夜に突如ドロップされた、まさに変わりゆく世界のアポカリプス的な一曲だ。


そして本編ラストはそんな“ハレルヤ・マネー”から一転、復活の福音のようにアッパーなエレクトロ・チューン、“ウィ・ガット・ザ・パワー” で幕を閉じる。ちなみにこの曲についてデーモンはノエル・ギャラガーとのコラボを踏まえて「ブリットポップのオッサンたちのおとしまえのような曲」だとちゃかして言っている。
たしかにデーモンとノエルが声を揃えて「僕らには愛し合う力がある」と歌う様は、犬猿の仲だった過去を思えば高度なジョークとも取れるが、ここではデーモン・アルバーン流のアイロニー、本音を隠す捻くれたユーモアと取るのが正解だろう。

なにしろ「こうして世界は終わっていくのか?」と絶望に片足を引っ掛けた問いかけを残して終わる“ハレルヤ・マネー”の後に、「僕らは愛し合う力がある、理解し合う力がある」と歌うことに、その逆噴火じみたポジティビティに、えげつない変化の渦中に立つ2017年のデーモン、ゴリラズ、そして私たちにとって、意味がないなんてことは考えられないからだ。(粉川しの)
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