オアシス、1993年からの初期3作品を振り返るプロジェクト完結。『ビィ・ヒア・ナウ』のリイシューに寄せて

オアシス、1993年からの初期3作品を振り返るプロジェクト完結。『ビィ・ヒア・ナウ』のリイシューに寄せて

3年にわたってリイシューが続いたオアシスの初期3作を振り返るプロジェクト「チェイシング・ザ・サン」が、『ビィ・ヒア・ナウ』のリリースでついにその幕を閉じる。『オアシス』、『モーニング・グローリー』、『ビィ・ヒア・ナウ』と3作品のリイシューが揃ったところで、改めてこの3枚のリイシュー盤を聴き直してみると、明らかに『ビィ・ヒア・ナウ』だけ意味合いが異なることが分かる。

「チェイシング・ザ・サン」とはオアシスが永遠のロック・アイコンになっていった過程を追うプロジェクトで、『オアシス』や『モーニング・グローリー』はまさにそのプロジェクトのテーマに相応しい完璧なクラシック・アルバムだ。20年ぶりのリイシューに際し、もはやノエルやリアム自身もそこに新たな意味を与えることができないほどの普遍性を持っているのが『オアシス』と『モーニング・グローリー』なのだ。しかしそんな初期2枚のアルバムとは対照的に、ノエルは『ビィ・ヒア・ナウ』のリイシューに関してはむしろ積極的に新たな意味を与えようとしている。20年の時を経た今こそ再評価するべき点や修正するべき点を、彼がファンと共に見出していこうとする意志、それが今回のリイシュー盤にはあるのだ。

『オアシス』、『モーニング・グローリー』、『ビィ・ヒア・ナウ』のデラックス・リイシュー盤はそれぞれ3枚組で、DISC1、DISC2はおおむね3作共通の内容になっている。DISC1がアルバム本編のリマスター音源、DISC2にはシングルBサイド曲やデモ音源が収録される、という体裁だ。でも、DISC3は『オアシス』&『モーニング・グローリー』と『ビィ・ヒア・ナウ』では大きく内容が異なっている。『オアシス』&『モーニング・グローリー』はライブ音源やデモ音源をとりあえずかき集めたトラック集であるのに対し、『ビィ・ヒア・ナウ』には「超お宝」と呼ぶに相応しい幻の音源が収録されているのだ。

その超お宝音源とは、その名も「マスティク・デモ」。1996年初頭にカリブ海のマスティク島でノエルがプロデューサーのオーウェン・モリスと2人でレコーディングしたデモだ。計14曲、そのうち12曲が『ビィ・ヒア・ナウ』のオリジナル盤の楽曲となっている。つまり、「マスティク・デモ」の段階で『ビィ・ヒア・ナウ』の大半の楽曲をノエルひとりで完成させていたということになる。そんな貴重な音源を今までどこかの倉庫にしまい込んだまま忘れていたとはアーカイヴ管理がザルすぎて驚愕するしかないが、かのネブワース・ライブを撮影していたことすら忘れていたノエルなのでさもありなんなのかもしれない……。

そしてこの「マスティク・デモ」を聴いて驚くのは、『ビィ・ヒア・ナウ』収録曲の曲調やメロディは当然のことながら、楽曲の展開や転調まで含めて途中段階であるはずのデモの域を遥かに超えたパーフェクションが、ノエルの頭の中で既に組み立てられていたということだ。改めてソングライター=ノエル・ギャラガーのとてつもない才能を目の当たりにする興奮が「マスティク・デモ」にはあるのだ。そして同時に、「マスティク・デモ」とDISC1のアルバムのリマスター音源を交互に聴き比べていくと、さらに興味深いものが見えてくる。

たとえば“D’You Know What I Mean”のリマスター音源は7分43秒。対する「マスティク・デモ」の“D’You Know What I Mean”は7分16秒と、こちらも既に長大な尺を有してる。逆に、たとえば“All Around The World”のリマスター音源は9分19秒というアルバム最長ナンバーだが、デモでは6分30秒。バンドとのレコーディング・セッションで3分近く曲が膨らんだことがわかる。

「長い、重い、まとまりがない」との批判は、長年『ビィ・ヒア・ナウ』に付いて回ってきたものだ。今回の『ビィ・ヒア・ナウ』のリイシューと「マスティク・デモ」の発掘が画期的なのは、このアルバムの楽曲の「長さ」にはノエルのソングライティング上の必然であった曲と、レコーディングでのエゴの行き来の中でコントロール不能に膨れ上がっていった曲のふたつのパターンがあったことが理解できる点だ。ノエルは今回のリイシューに際して「年月が経つにつれて、『ビィ・ヒア・ナウ』の曲が実はめちゃくちゃ長かったことを受け入れるようになった」とコメントしていたが、本作はその長さを受け入れた上で、「では、『ビィ・ヒア・ナウ』の適正な長さ、あるべき姿とはどんなものだったのか?」をオアシスと私たちファンが同時に再考し、検証し、想像できる機会になっている。冒頭で書いたとおり、『オアシス』と『モーニング・グローリー』は20年経った今なお、誰も手を加えられないほど完璧な「かたち」を有するアルバムだ。でも、『ビィ・ヒア・ナウ』は違う。違うからこそ、20年ぶりに新たな「かたち」を見出そうとする本作のリイシューの意義が限りなく大きいのだとも言えるだろう。

『ビィ・ヒア・ナウ』はノエル自身も長年批判してきたアルバムだ。ノエルが編纂したオアシスのベスト・アルバム『ストップ・ザ・クロックス』には『ビィ・ヒア・ナウ』の楽曲は1曲も収録されていないし、ライブでこのアルバムの曲がプレイされることも滅多にない。でも、「チェイシング・ザ・サン」プロジェクトの中で、ノエルが最もこだわったリイシューは間違いなくこの『ビィ・ヒア・ナウ』のはずだ。オアシス初期の栄光の4年間を本当の意味で永久不滅のものにするために、『オアシス』&『モーニング・グローリー』と『ビィ・ヒア・ナウ』を正しく並び称するために、今回のリイシューは大きな意味を持っているのだ。(粉川しの)

『ビィ・ヒア・ナウ』のトレーラー映像はこちらから。

また、ノエルも認めたジェフ・ウートンの記事はこちらから。
http://ro69.jp/blog/ro69plus/148415
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