NHK『SONGSスペシャル「宇多田ヒカル~人間・宇多田ヒカル 今“母”を歌う」』を観て思うこと

NHK『SONGSスペシャル「宇多田ヒカル~人間・宇多田ヒカル 今“母”を歌う」』を観て思うこと - NHK『SONGSスペシャル「宇多田ヒカル~人間・宇多田ヒカル 今“母”を歌う」』よりNHK『SONGSスペシャル「宇多田ヒカル~人間・宇多田ヒカル 今“母”を歌う」』より

内容、濃すぎ。そして凄すぎ。2016年9月22日の22時からNHKテレビで放送された、『SONGSスペシャル「宇多田ヒカル~人間・宇多田ヒカル 今“母”を歌う」』の話だ。番組放送時間は50分間だったのだが、大作ドキュメンタリー映画を観ていたのかと思うほどの充実感と疲労感を味わってしまった。放送直後にこの原稿を書き出しているのだが、興奮と感動が強すぎて気持ちの整理をつけるのが一苦労である。何よりも先に、再放送なりオンデマンドなりといった何らかの形で、見逃してしまった人のための機会が設けられることを願うばかりだ。

先に『MUSIC STATION ウルトラFES 2016』への出演もあったが、5年8ヶ月ぶりのテレビ出演。“花束を君に”のほか、来るニューアルバム『Fantôme』から“ともだち with 小袋成彬”(コーラスに小袋成彬、アコースティックギターにクリス・ローシェが参加)と“道”の計3曲をテレビ初披露。インタビュアーには糸井重里、ナレーターに『とと姉ちゃん』の小橋常子役=高畑充希、宇多田作品の歌詞についてコメントする井上陽水、といったふうに、概要を箇条書きにするだけでもスペシャルな内容なのだが、無論それだけではない。

糸井重里は、2010年の「人間活動」宣言の意図、活動休止期間には何をしていたのか、母・藤圭子の死、宇多田自身が母となったことの経験、そして復帰後の宇多田作品の変化に至るまで、的を射た質問を次々に投げかける。それに対して宇多田は、考え込むこともなく開けっぴろげに、こちらが深く頷いてしまうような回答をするすると口にする。これがどういうことかというと、糸井重里が代表して問いかける、我々にとって気がかりな事柄の大部分は、宇多田の中で論理的に解決していることが多い、ということだ。彼女はシーン復帰を果たすまでに、論理的に解決するための戦いを繰り広げてきた、と言えば良いだろうか。

「日本の家族って、あんまりお互いに愛してるとか言わないし。私はその感覚もすごく分かるんですよね、日本人として。英語の〈I love you〉をどう和訳する、って訊かれたときに、夏目漱石が〈月が綺麗ですね〉って。美しいし、じんわりくるし、好きなんですけど、本当は言葉とか、何か形で、できる限り伝えないと。結局、後悔するのは自分で。そういうことをしなきゃいけない、伝えたい、っていう気持ちが、わっと芽生えたんですよね。じゃあ、って思ったところで、言葉では足りないくらいの思いが存在したんですよ」

彼女がそう語ったシーンの直後、“花束を君に”はテレビ初披露された。力むことなく、しかしすっとした直立姿勢で、時折、近くに視線を落として思いを確認するような仕草を見せながら、宇多田ヒカルは歌った。

一方で、番組の最後には、アルバム『Fantôme』のオープニングに配置された“道”が披露された。この曲を歌いきった瞬間の彼女は、意志と誇りに満ちた凛々しい表情で、視線を正面の遠くへと投げかけていた。“道”の演奏シーンの前に、彼女はこの曲がアルバムのメインテーマを担う曲であり、言い残していたことを言い切った曲だと説明していた。宇多田ヒカル公式ウェブサイトの『Fantôme』歌詞特設ページでは、すでにこの“道”の歌詞も公開されているので、ぜひ読んでみてほしい。

今回はテレビ出演について書いたので蛇足かも知れないが、現在発売中の『ROCKIN’ ON JAPAN』10月号、『Fantôme』について書いたSCENEの記事を、僕はこんなふうに締め括っている。〈宇多田ヒカルのポップミュージックとは、他でもなく対話の機会のことだ。「さあ、今とこれからの話をしようか」。彼女はこのアルバムで、そんなふうに呼びかけている気がする〉。『Fantôme』の発売まで、あともう少しだ。(小池宏和)
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