スピッツ全アルバムレビュー 4th『Crispy!』【『醒めない』リリース記念】

2016年7月27日(水)に15thアルバム『醒めない』をリリースするスピッツ。
RO69ではリリースを記念して、これまでの全アルバムを振り返るディスクレビュー特集を行います。
『醒めない』リリースまで、1日1作品ずつレビューを掲載します。
本日の作品は1993年発表の4th『Crispy!』です。

スピッツ全アルバムレビュー 4th『Crispy!』【『醒めない』リリース記念】

《輝くほどに不細工な モグラのままでいたいけど》
という1曲目収録のタイトルチューンの歌詞が、このアルバムがなんであるかをわかりやすく示している。つまり「輝くほどに不細工なモグラ」ではなくなるべく、いい音楽を作っているのに今いちブレイクスルーできない状態を脱するべく、ユニコーンやプリンセス・プリンセスなど数多くのバンドをブレイクに導いた笹路正徳を共同プロデューサーに迎え、ホーンや鍵盤等を大胆に取り入れ、曲調も明るくて外に拓かれたものを意識して作られたのがこの作品である、ということだ。
その「これまでと違う何か」を求める意志が、アレンジやサウンドプロダクトだけでなくソングライティングにも表れている。妄想と現実だとやや現実寄りになっていたり。メジャーコードを多用し、アップテンポで歌われるのがふさわしい明るいムードのものが目立つ。『惑星のかけら』のレビューで書いた、スピッツのソングライティングにおいて一貫している「セックスと死」「現実と妄想」のバランスを、初めてあえてこれまでと変えて曲を書いたのがこのアルバムである、とも言えるかもしれない。

リリース当時このアルバムを聴いて、正直言うと「やっぱり似合わないのでは、こういうの」という戸惑いが、僕にはあった。特にシングル曲の“裸のままで”のホーンアレンジとか、聴いて「うーん……」と思った。が、「ずっと推してきたJAPANがここで引いてどうする」というのもあり、誌面に載せる草野マサムネ(Vo・G)の写真をアクティブなものにしたりして、我々もこのムードに協力した。
レコード会社の体制とかも「ここで勝負!」みたいな勢いで、当時宣伝担当だったTさんが、メンバー全員連れて媒体あいさつ回りを行ったりしていた。
バンドも、渋谷on air(現在O-EASTやduoがある場所)で、このアルバムのリリースに先がけて「スピッツの春夏夜会」というマンスリーライブを6本、毎回テーマを設けて行ったりして、次なる一手を模索していた。テーマを「ダンス」にして打ち込みとか取り入れた回の、お客さんの戸惑いっぷり、いまだに憶えています。

そしてこのアルバムが「期待ほどは弾けなかった」ことで、マサムネは一時的なスランプに陥る。のちにメンバー3人はJAPANのインタビューで、「草野、『どうしようかな、曲が書けなくなった』と言ってた」と明かしていた。
だがその後、“空も飛べるはず”を書けたことでそのスランプから脱し、“ロビンソン”&『ハチミツ』での大ブレイクに向かっていく──というのが、当時のスピッツを知る人たちの共通認識だと思うが、というか僕はそう思っていたが、今、聴き直すと、その“空も飛べるはず”の萌芽が、すでにこの『Crispy!』にあったことに気づく。
マサムネの脳内妄想世界に必ずしもどっぷり浸れない人でもスッと入ってこれるような方法で、日常的な言葉と親和的なメロディも(「も」です)用いて描かれた曲が“空も飛べるはず”であって、だからブレイク期のスタートになった、と僕は解釈していたのだが、このアルバムの“君が思い出になる前に”も“夢じゃない”も“君だけを”も、そうっちゃそうなのだ。アレンジや言葉やメロディの細かいディティールは違うが、大きく言うと。つまり、このアルバムで新しいソングライティング法を模索したことが、これ以降のブレイクにつながったのでは、とも考えられるのだ。
そういえば、この方向転換作をプロデュースした笹路正徳は、そのあとの『空の飛び方』『ハチミツ』もプロデュースしてスピッツをブレイクに導き、続く『インディゴ地平線』まで手がけた。つまり笹路プロデューサーにとっても、最初の試行錯誤の1枚だったのかもしれない、このアルバムは。(兵庫慎司)


なお、スピッツは2016年7月30日(土)発売『ROCKIN'ON JAPAN 9月号』の表紙に登場します。
お楽しみに!

公開済の作品はこちら
2016年7月14日 3rd『惑星のかけら』:http://ro69.jp/blog/ro69plus/145713
2016年7月13日 2nd『名前をつけてやる』:http://ro69.jp/blog/ro69plus/145667
2016年7月12日 1st『スピッツ』:http://ro69.jp/blog/ro69plus/145597
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