パティ・スミス、ノーベル賞授賞式でディランの歌を歌った経験を寄稿

パティ・スミス、ノーベル賞授賞式でディランの歌を歌った経験を寄稿

パティ・スミスは先日行われたノーベル賞受賞式でボブ・ディランの“はげしい雨が降る”を披露したが、その経緯や経験を、ニューヨーカー誌に寄稿している。全文はこちら。
http://www.newyorker.com/culture/cultural-comment/patti-smith-on-singing-at-bob-dylans-nobel-prize-ceremony

彼女の書いた文章によると、スウェーデン・アカデミーが文学賞受賞者のために授賞式でパフォーマンスして欲しいと彼女にお願いしたのは9月で、その時はまだ誰が受賞するのか知らなかったそうだ。

なので、オーケストラと共に歌うのにふさわしい自分の曲を選んでいたという。

しかし、ボブ・ディランが受賞したと発表された瞬間に、「自分の曲を歌うのはふさわしくないと思った」そう。しかも「まさか予想していなかった事態に非常に複雑な心境にもなった。彼が出席しないのに自分が歌っていいのだろうか? ボブ・ディランが喜んでくれなかったらどうしよう? 彼が喜ばないことだけは絶対にしたくないのに」と。

しかし、結果的に、彼女は「10代の時から好きだった曲で、亡くなった夫が好きだった“はげしい雨が降る”を選んだ」

それからというもの、曲の練習に没頭し、すべてをそのままオリジナルのように歌えるよう完璧に覚え、「スーツも新調し、髪の毛も切って、準備はできたと思っていた」

「しかし、ノーベル賞授賞式の朝、不安とともに目が覚めた」と。しかも、酷く雨が降っていたそうで、ロビーで、美しい着物を着た日本の女性に会ったそう。彼女は、医学、生理学賞を受賞した上司のために来ていたという。雨で可哀想だと思ったけど、「あなたは美しいです」と声をかけたそうだ。

「会場に着いた頃には雪になっていた。オーケストラとのリハーサルも完璧に終えて、ピアノのある控え室に行った」みんながパフォーマンスを楽しみにしているのがわかっていた。準備はできていた、と。

そしてディランのアルバムを初めて買ってくれた母のこと、夫のことを思い出しているうちに出番が来たそう。

「着席した時に、これまでに国王からメダルを受賞したヘルマン・ヘッセ、トーマス・マン、アルベール・カミュのことを考えていた。そしてボブ・ディランの名前が呼ばれ、私の心臓は高鳴った。そして、おとぎ話のように、スウェーデン国王と王妃と世界中の優れた人達の前に立った」

「曲が始まり、自分が歌っているのが聴こえた。最初は少し震えていたけど、とりあえず許容の範囲だった。そこから落ち着くだろうと思っていたが、極度の緊張で落ち着くことができなかった」

結果的に、あまりに慣れない状況と、緊張をおさえることができなくて、途中で歌えなくなってしまったそう。「歌詞を忘れたわけじゃないのに、声が出なかった」

緊張したまま歌い続け、歌い終わった時はもちろんものすごく恥ずかしかったのだけど、同時に、この曲の歌詞で歌われていることをそのままを体験したと気付いた。

次の日の朝、朝食の席で、出席した人達みんなに誉められたそう。もっと上手く歌いたかったと言ったら、そんな必要はない。「あなたの葛藤は、僕らみんなの葛藤を象徴していたから」、と言われたそうだ。その日1日誉められたので、最終的には、自分の役割とは何かを考え、それは彼らをエンターテインすることであり、変化をもたらすことだ、と思ったのだそうだ。

この文章は、もっと美しい文章で締めくくられているので、本文を読んでみてください。

授賞式のパフォーマンスはこちらで見れる。
http://ro69.jp/news/detail/152795
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