2000年ロ ンドン&イビサ 6
2009.10.25 22:37
THE END、着かない。
地図を睨みながら「確かこの辺なんだけどなあ」と、おんなじところを
グルグル回ってるんだけど、生来の方向音痴が災いしているのか、
分かりづらいところにあるのか、とにかく場所がさっぱり分からない。
そこら中の通行人やお店の人にかたっぱしからきいてもみるんだけど、
まだ分からない。
何故だ。何故みんな「ああ、すぐそこだよ」って言うのに辿り着けないんだ、俺は。
「すぐそこ」の部分はかろうじて分かるものの、
それに続く説明の英語がさっぱり分からないからだ。
近いはにあ。もしくはくろーず。
うう。
1時間後、ようやく発見。
ホテルから15分もかからない距離だった。
……。
安心と情けなさのない混ぜになった気持ちで近づいて行くと、
屈強な黒人のセキュリティ2名に止められる。
「どこに行くんだ?」
「え? じ、じ・えんど」
と答えたところ、帽子から靴まで「全部服装チェック!」みたいな目線で、
本当になめるようにじいいいっと見やがるのだ。
「東洋人か……でも『ここがダメ』って言える格好はしてないな、
しょうがないか」(心の声)。
「OK、よし通れ」
……ヤな感じ。
中に入る。……寒い。3つもフロアがあるんだけど、全部合わせても
クラブエイジアのサブフロアも埋まらないくらいしか人がいない。
おいおい。日曜の夜だからか? まだ21時だからか?
でもこのパーティー、20時に始まって3時には終わっちゃうんでしょ?
この“TWICE NICE”って有名なパーティーなのに。
とりあえず一番大きなフロアで踊ってみたものの、DJと自分の
マンツーマン状態だったりして、哀しさのあまり足が止まる。
とっても所在ないので、必要以上に酒が進んでしまう。……帰ろうかな。
ただし。音はめったやたらにいい。2 STEPってがんがん踊るには
ちょっと音が柔らかすぎない? 歌物だし、ちょっとこうなんか
J-WAVEな感じじゃない? これで朝まで踊りまくれって言われても、
イギリスの人達は平気なんだろうけど日本人だとちょっとナンじゃない?
と前から思ってたんだけど、すごく音のヌケがいいし
リズムが前面に出ていて「確かに踊れるわ、これなら。気持ちいいわ」
と納得してしまう、どのフロアも。
それにしても、こんなにめいっぱい低音上がってるのに、
何で音が割れないんだろう。
気がついたら、スピーカーの前にへばりついて踊っていた。
MJ COLEの“クレイジー・ラヴ”、アートフル・ドジャーの
“ウーマン・トラブル”あたりの、僕も知っている
ヒット曲がスピンされ始める。
時計を見ると23時。あたりを見回すと、いつの間にか満員になっていた。
6割が黒人、3割が白人、あとの1割がそれ以外=東洋人とインド系
(日本人っぽい子も何人かいた)。
みんな、ばりばりにドレスアップしている。
ていうか、気合い入ってる、格好に。特に女の子と黒人の男。
MJ COLEのアルバム・ジャケットは、
ワインや時計やサングラスなんかの一流ブランド品に
「MJ COLE」というロゴがあしらわれている写真なんだけど、
ほんとにそういう感じなのだ。
今イギリスって景気いいんだなあと改めて思う。
……そろそろ「おい、それのどこが旅のトラブル話なんだ」
という感じになってきた。
そうなのだ。ここからあとの3日間は、
「翌日ソーホーで2 STEPのレコードを買い漁る」とか、
「前号でグレアム・コクソンを撮ってくれた
ロンドン在住フォトグラファー石川晶子さんと一緒に、
元ジザメリのジム・リードの新しいバンドを見に行く」とか
(ちなみにもう絵に描いたように「余生」って感じのバンドだった)、
「エセックスでマキシムの取材をやる」とか
「ノリッジに住んでいる友人夫婦がロンドンまで
出てきてくれて一緒にメシを食う」とかそういう感じで、
ないんだわ。トラブルが。
なんか思い出したりしたらまた書きます。
あ、唯一このあとのトラブルといえば、10日も留守にしていたせいで、
6日に日本へ着いたらさまざまな仕事がとんでもなく溜まっていて
泣きそうになったことと、翌7日のBUZZ NIGHTで、
オープンと共にどっさり仕入れてきた2 STEPのレコードを
次々にかけたんだけど大ハズシだったことぐらいです。はい。
もうすっかり夏ですね。3日後には苗場です。(兵庫慎司)
※以上、「ロンドン&イビサ 2000」再アップ終了です。
次回より、いつものブログに戻ります。
THE END、着かない。地図を睨みながら「確かこの辺なんだけどなあ」と、おんなじところを
グルグル回ってるんだけど、生来の方向音痴が災いしているのか、
分かりづらいところにあるのか、とにかく場所がさっぱり分からない。
そこら中の通行人やお店の人にかたっぱしからきいてもみるんだけど、
まだ分からない。
何故だ。何故みんな「ああ、すぐそこだよ」って言うのに辿り着けないんだ、俺は。
「すぐそこ」の部分はかろうじて分かるものの、
それに続く説明の英語がさっぱり分からないからだ。
近いはにあ。もしくはくろーず。
うう。
1時間後、ようやく発見。
ホテルから15分もかからない距離だった。
……。
安心と情けなさのない混ぜになった気持ちで近づいて行くと、
屈強な黒人のセキュリティ2名に止められる。
「どこに行くんだ?」
「え? じ、じ・えんど」
と答えたところ、帽子から靴まで「全部服装チェック!」みたいな目線で、
本当になめるようにじいいいっと見やがるのだ。
「東洋人か……でも『ここがダメ』って言える格好はしてないな、
しょうがないか」(心の声)。
「OK、よし通れ」
……ヤな感じ。
中に入る。……寒い。3つもフロアがあるんだけど、全部合わせても
クラブエイジアのサブフロアも埋まらないくらいしか人がいない。
おいおい。日曜の夜だからか? まだ21時だからか?
でもこのパーティー、20時に始まって3時には終わっちゃうんでしょ?
この“TWICE NICE”って有名なパーティーなのに。
とりあえず一番大きなフロアで踊ってみたものの、DJと自分の
マンツーマン状態だったりして、哀しさのあまり足が止まる。
とっても所在ないので、必要以上に酒が進んでしまう。……帰ろうかな。
ただし。音はめったやたらにいい。2 STEPってがんがん踊るには
ちょっと音が柔らかすぎない? 歌物だし、ちょっとこうなんか
J-WAVEな感じじゃない? これで朝まで踊りまくれって言われても、
イギリスの人達は平気なんだろうけど日本人だとちょっとナンじゃない?
と前から思ってたんだけど、すごく音のヌケがいいし
リズムが前面に出ていて「確かに踊れるわ、これなら。気持ちいいわ」
と納得してしまう、どのフロアも。
それにしても、こんなにめいっぱい低音上がってるのに、
何で音が割れないんだろう。
気がついたら、スピーカーの前にへばりついて踊っていた。
MJ COLEの“クレイジー・ラヴ”、アートフル・ドジャーの
“ウーマン・トラブル”あたりの、僕も知っている
ヒット曲がスピンされ始める。
時計を見ると23時。あたりを見回すと、いつの間にか満員になっていた。
6割が黒人、3割が白人、あとの1割がそれ以外=東洋人とインド系
(日本人っぽい子も何人かいた)。
みんな、ばりばりにドレスアップしている。
ていうか、気合い入ってる、格好に。特に女の子と黒人の男。
MJ COLEのアルバム・ジャケットは、
ワインや時計やサングラスなんかの一流ブランド品に
「MJ COLE」というロゴがあしらわれている写真なんだけど、
ほんとにそういう感じなのだ。
今イギリスって景気いいんだなあと改めて思う。
……そろそろ「おい、それのどこが旅のトラブル話なんだ」
という感じになってきた。
そうなのだ。ここからあとの3日間は、
「翌日ソーホーで2 STEPのレコードを買い漁る」とか、
「前号でグレアム・コクソンを撮ってくれた
ロンドン在住フォトグラファー石川晶子さんと一緒に、
元ジザメリのジム・リードの新しいバンドを見に行く」とか
(ちなみにもう絵に描いたように「余生」って感じのバンドだった)、
「エセックスでマキシムの取材をやる」とか
「ノリッジに住んでいる友人夫婦がロンドンまで
出てきてくれて一緒にメシを食う」とかそういう感じで、
ないんだわ。トラブルが。
なんか思い出したりしたらまた書きます。
あ、唯一このあとのトラブルといえば、10日も留守にしていたせいで、
6日に日本へ着いたらさまざまな仕事がとんでもなく溜まっていて
泣きそうになったことと、翌7日のBUZZ NIGHTで、
オープンと共にどっさり仕入れてきた2 STEPのレコードを
次々にかけたんだけど大ハズシだったことぐらいです。はい。
もうすっかり夏ですね。3日後には苗場です。(兵庫慎司)
※以上、「ロンドン&イビサ 2000」再アップ終了です。
次回より、いつものブログに戻ります。
2000年ロ ンドン&イビサ 5
2009.10.25 16:25
7月2日(日)
そうか。スイス語ってなかったのか。
(※BBSで読者の方にご指摘いただいたのでした)
ドイツ語かフランス語なのか、ハイジの国では。
大学の時、必修外国語がドイツ語だったのに。
さすが再々履修で4年生までドイツ語をやっただけのことは
あるダメさだ、我ながら。
と、自分で自分に感心しつつ出張日記はまあだ続く。
明けて7月2日。一緒に来れなかったAVEXのマキシム
担当ディレクターと連絡がとれる。
この時点で、マキシムの取材が2日後になったことを知る。
会社に電話する。日本を出る前にオファーしていた、ブリーチンの
電話取材が明日になったことを知る。
その両方の質問を作る。終わる。やることがない。どうしよう。
そうだ、カムデンに行こう。「そうだ、京都行こう」という
昔のJRのCMのようにそう思い立ち、ホテルを出る。
ご存知の方も多いと思うが、カムデンというのは東京でいうと原宿、
大阪でいうとアメリカ村みたいな街で、30過ぎた男が
一人で行くようなところではない。
ないんだけど、安いんだよ、ドクター・マーチンの靴が。
「高校の頃ものすごく欲しかった、だけど高くて買えなかった」
という理由で、ロンドンに出張に行く度にカムデンまで出向いて
ドクター・マーチンを買ってしまう習性が私にはある。
いつも「もういい年なんだから次にロンドン来る時はやめよう」
と思うんだけど、結局行ってしまうのだ。
コベント・ガーデンにドクター・マーチンの本店もあるんだけど、
そっちは激安じゃないし。
というわけで、トータル4足目のドクター・マーチンを露店で購入。
あと1枚1ポンドで売っているレコードの露店を見つけて、
1時間あまり漁りまくる。
いったんホテルに戻り、「次にロンドン出張があったら絶対行こう」と
前々から思っていた、2 STEPのパーティーに足を運ぶべく、
タイム・アウト(ロンドンのぴあ)を調べてみる。
あった。運よく本日、場所はTHE END。おお知ってる知ってる、
確かシェイメンのMr.Cが経営してるクラブでしょ。
時間と場所、料金の下に、但し書きが付いている。
「25歳以下はダメ、ジーンズ禁止。ドレスアップしてくるように」
……やはり。「2 STEPのパーティーはドレス・コードがあって、
オシャレな格好じゃないと入れてもらえない」と噂にはきいていたが。
スーツケースから上着を出して着込み、ジーンズを穿き替え、
フロントで「ここのクラブに行きたいんだけど」「えーと……
あ、近いわよここから。全然歩いて行ける」と教えてもらい、
THE ENDに向かう。
(次回へ続く)
7月2日(日)そうか。スイス語ってなかったのか。
(※BBSで読者の方にご指摘いただいたのでした)
ドイツ語かフランス語なのか、ハイジの国では。
大学の時、必修外国語がドイツ語だったのに。
さすが再々履修で4年生までドイツ語をやっただけのことは
あるダメさだ、我ながら。
と、自分で自分に感心しつつ出張日記はまあだ続く。
明けて7月2日。一緒に来れなかったAVEXのマキシム
担当ディレクターと連絡がとれる。
この時点で、マキシムの取材が2日後になったことを知る。
会社に電話する。日本を出る前にオファーしていた、ブリーチンの
電話取材が明日になったことを知る。
その両方の質問を作る。終わる。やることがない。どうしよう。
そうだ、カムデンに行こう。「そうだ、京都行こう」という
昔のJRのCMのようにそう思い立ち、ホテルを出る。
ご存知の方も多いと思うが、カムデンというのは東京でいうと原宿、
大阪でいうとアメリカ村みたいな街で、30過ぎた男が
一人で行くようなところではない。
ないんだけど、安いんだよ、ドクター・マーチンの靴が。
「高校の頃ものすごく欲しかった、だけど高くて買えなかった」
という理由で、ロンドンに出張に行く度にカムデンまで出向いて
ドクター・マーチンを買ってしまう習性が私にはある。
いつも「もういい年なんだから次にロンドン来る時はやめよう」
と思うんだけど、結局行ってしまうのだ。
コベント・ガーデンにドクター・マーチンの本店もあるんだけど、
そっちは激安じゃないし。
というわけで、トータル4足目のドクター・マーチンを露店で購入。
あと1枚1ポンドで売っているレコードの露店を見つけて、
1時間あまり漁りまくる。
いったんホテルに戻り、「次にロンドン出張があったら絶対行こう」と
前々から思っていた、2 STEPのパーティーに足を運ぶべく、
タイム・アウト(ロンドンのぴあ)を調べてみる。
あった。運よく本日、場所はTHE END。おお知ってる知ってる、
確かシェイメンのMr.Cが経営してるクラブでしょ。
時間と場所、料金の下に、但し書きが付いている。
「25歳以下はダメ、ジーンズ禁止。ドレスアップしてくるように」
……やはり。「2 STEPのパーティーはドレス・コードがあって、
オシャレな格好じゃないと入れてもらえない」と噂にはきいていたが。
スーツケースから上着を出して着込み、ジーンズを穿き替え、
フロントで「ここのクラブに行きたいんだけど」「えーと……
あ、近いわよここから。全然歩いて行ける」と教えてもらい、
THE ENDに向かう。
(次回へ続く)
2000年ロ ンドン&イビサ 4
2009.10.25 11:15
7月1日(土)
「続きを書け」という書きこみを3件いただきましたので、
強引に好評と見なして出張日記を続けることにします。
というわけで。7月1日土曜日、イビサから飛行機に乗って
ジュネーヴで乗り換えてロンドンへ着くはずが、ジュネーヴ到着が
1時間遅延したため、着いた時には既に私が乗るはずだった
ヒースロー行きの便はお空の上。
今夜はロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで
レディオヘッドを見る予定なのに!
「ね、ねくすとふらいと! あいうぉんととぅらいどねくすとえあー!」
「ちょっと待って、調べるから……あ、空きがあった、OKだよ」
「ほわっとたいむ?」
「16:20」
じゃあ着くの何時?
計算してみたところ、ヒースロー到着が17:30頃。
ライヴのチケットを持っている山下えりかとの待ち合わせ時間は18:00。
とても30分で着ける距離ではない。
慌てて山下やら同じく弊社特派員児島由紀子やら
ロンドンに着ているRO坂本麻理子やら
チケットを手配してくれた東芝EMIの林さんのホテルやらに、
片っ端から電話をかけようとするも、まず公衆電話が
私のクレジットカードに反応しない。
その辺のばあさんや空港職員に「どうやるの?」とたずねるも、
みんな「分からない」としか言わない。
中には親切に対応してくれる人もいたけど、いかんせんスイス語なので、
英語以上に何言ってんだかさあっぱり分からない。
15分後、ようやく電話機がカードに反応する方法を発見。
が、今度は何故か電話がかからない。
あとで知ったのだが、
ちょうどイギリスで市外局番の変更があった直後だったらしい。
とにかく「市内の場合は7、市外の場合は8をセカンド・ナンバーの
前だかあとだかにつけてかけ直せ」みたいなことを言っているらしい
ナレーションが流れるのみ。
何度も何度もかけ直してはそのナレーションをきき、
いろんな箇所に7をくっつけたり8をくっつけたりして再びかけ直す、
という作業をくり返す。
30分後、見事山下に電話がつながる。やったあ!
……留守電だった。
その後、児島、坂本、林さんに次々とかけるも、全員留守。
とりあえず「兵庫ですう!」「遅れますぅ!」「ジュネーヴですう!」
「チケットををを!」などと、イタ電まがいのメッセージを
それぞれの留守電に残しまくる。
ふと気がつくと、汗びっしょりになりながら電話を
かけてはわめき、切ってはまたかけをくり返す東洋人=私を、
周囲のスイス人どもがものすごく怪訝そうな顔で見ていた。
睨み返すとみんな目を反らす。くそぅ。
フライトまで1時間、やることもないし腹も減ったが
スイスの通貨なんか持っていないので、カードをふり回して
「OK」と言われた手近のメシ屋に飛びこむ。
が、メニューを見てもスイス語なので分からないし、値段を見ても
それが何円に値するのかが分からない。
しょうがないので、近くのテーブルで食っている人を指差して
「あれとあれ」とオーダーし、ワインと油にびったびたに浸した
食パンの上に卵を落としてオーブンで焼いたみたいな、
姿も形も名前も味もよく分からない食い物をビールで腹に流し込む。
16:10、無事フライト。17:30、ヒースロー着。
が、入国審査が大混雑で、空港の外に出られた時には既に18:00。
地下鉄でホテルを目指し、到着したのは19:00。
どうせレディオヘッド出るのは21:00くらいからだろうけど、
俺のチケットはどこにあるんだあ!
とあせっていると、「メッセージが届いてますよ」と
いかにもスケコマシそうなスペイン系のホテルマンが言う。
「チケット渡しに出て行くから、20:55に会場入り口にくるように。
なんかあったらこの番号に電話して。山下えりか」。
おおおお。助かったあ!
あ、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールってどこにあんの?
「携帯なんて持ってたっけ、山下さん」と思いながらかけてみた。
「はい、長谷川です」
「え……長谷川さんってスヌーザーの駐在員の長谷川さん?
BUZZの兵庫です」
「ああ、お久しぶりです」
山下も児島も携帯持っていないので、人の携帯を連絡先にしてたらしい。
2時間後、無事に会えた山下えりかは「もう携帯買うことにした。
今日のことで思い知った」と言っていた。
「兵庫は何としてでも来るだろうと思ってたけど、
ほんとに来たねえ」と笑ってもいた。
ともあれ、レディオヘッドを無事見ることができ、
山下と中華街で飯食ってからホテルに帰り、2日ぶりに寝る。
ていうか、7月1日だけでこんなに書いてどうする。
まだ飽きられていなければ次回に続く。
(次回に続く)
7月1日(土)「続きを書け」という書きこみを3件いただきましたので、
強引に好評と見なして出張日記を続けることにします。
というわけで。7月1日土曜日、イビサから飛行機に乗って
ジュネーヴで乗り換えてロンドンへ着くはずが、ジュネーヴ到着が
1時間遅延したため、着いた時には既に私が乗るはずだった
ヒースロー行きの便はお空の上。
今夜はロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで
レディオヘッドを見る予定なのに!
「ね、ねくすとふらいと! あいうぉんととぅらいどねくすとえあー!」
「ちょっと待って、調べるから……あ、空きがあった、OKだよ」
「ほわっとたいむ?」
「16:20」
じゃあ着くの何時?
計算してみたところ、ヒースロー到着が17:30頃。
ライヴのチケットを持っている山下えりかとの待ち合わせ時間は18:00。
とても30分で着ける距離ではない。
慌てて山下やら同じく弊社特派員児島由紀子やら
ロンドンに着ているRO坂本麻理子やら
チケットを手配してくれた東芝EMIの林さんのホテルやらに、
片っ端から電話をかけようとするも、まず公衆電話が
私のクレジットカードに反応しない。
その辺のばあさんや空港職員に「どうやるの?」とたずねるも、
みんな「分からない」としか言わない。
中には親切に対応してくれる人もいたけど、いかんせんスイス語なので、
英語以上に何言ってんだかさあっぱり分からない。
15分後、ようやく電話機がカードに反応する方法を発見。
が、今度は何故か電話がかからない。
あとで知ったのだが、
ちょうどイギリスで市外局番の変更があった直後だったらしい。
とにかく「市内の場合は7、市外の場合は8をセカンド・ナンバーの
前だかあとだかにつけてかけ直せ」みたいなことを言っているらしい
ナレーションが流れるのみ。
何度も何度もかけ直してはそのナレーションをきき、
いろんな箇所に7をくっつけたり8をくっつけたりして再びかけ直す、
という作業をくり返す。
30分後、見事山下に電話がつながる。やったあ!
……留守電だった。
その後、児島、坂本、林さんに次々とかけるも、全員留守。
とりあえず「兵庫ですう!」「遅れますぅ!」「ジュネーヴですう!」
「チケットををを!」などと、イタ電まがいのメッセージを
それぞれの留守電に残しまくる。
ふと気がつくと、汗びっしょりになりながら電話を
かけてはわめき、切ってはまたかけをくり返す東洋人=私を、
周囲のスイス人どもがものすごく怪訝そうな顔で見ていた。
睨み返すとみんな目を反らす。くそぅ。
フライトまで1時間、やることもないし腹も減ったが
スイスの通貨なんか持っていないので、カードをふり回して
「OK」と言われた手近のメシ屋に飛びこむ。
が、メニューを見てもスイス語なので分からないし、値段を見ても
それが何円に値するのかが分からない。
しょうがないので、近くのテーブルで食っている人を指差して
「あれとあれ」とオーダーし、ワインと油にびったびたに浸した
食パンの上に卵を落としてオーブンで焼いたみたいな、
姿も形も名前も味もよく分からない食い物をビールで腹に流し込む。
16:10、無事フライト。17:30、ヒースロー着。
が、入国審査が大混雑で、空港の外に出られた時には既に18:00。
地下鉄でホテルを目指し、到着したのは19:00。
どうせレディオヘッド出るのは21:00くらいからだろうけど、
俺のチケットはどこにあるんだあ!
とあせっていると、「メッセージが届いてますよ」と
いかにもスケコマシそうなスペイン系のホテルマンが言う。
「チケット渡しに出て行くから、20:55に会場入り口にくるように。
なんかあったらこの番号に電話して。山下えりか」。
おおおお。助かったあ!
あ、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールってどこにあんの?
「携帯なんて持ってたっけ、山下さん」と思いながらかけてみた。
「はい、長谷川です」
「え……長谷川さんってスヌーザーの駐在員の長谷川さん?
BUZZの兵庫です」
「ああ、お久しぶりです」
山下も児島も携帯持っていないので、人の携帯を連絡先にしてたらしい。
2時間後、無事に会えた山下えりかは「もう携帯買うことにした。
今日のことで思い知った」と言っていた。
「兵庫は何としてでも来るだろうと思ってたけど、
ほんとに来たねえ」と笑ってもいた。
ともあれ、レディオヘッドを無事見ることができ、
山下と中華街で飯食ってからホテルに帰り、2日ぶりに寝る。
ていうか、7月1日だけでこんなに書いてどうする。
まだ飽きられていなければ次回に続く。
(次回に続く)





















