The STRIPPERと川西幸一 後編
2009.10.14 23:40
前回の続きです。
The STRIPPERが解散したあとの、川西さんの話です。
当時、川西幸一、25歳とかそのくらい。足を洗ってカタギになるのも、うなずける年齢。
というわけで、バンドマンをやめて、ちゃんと会社員になったのだった。
しかし。足を洗ってしばらく経った頃、奥田民生がボーカルだったバンド、
READYのドラマーが、バイクでコケて腕を骨折してしまった、でもライブは入っている、
代わりに一回だけ叩いてくれませんか川西さん、と、頼まれた。
引き受けて、久しぶりに、広島ウッディストリートのステージに上がった。
そしたらすっごくよくて、「ダメだ、やっぱりこれはやめられん!」と復帰を決意し、
でもこの年だし、次は絶対にプロになれるバンドじゃないと意味がない、
そういうバンドを作ろう、という考えのもとにメンバーを探し、結成したのが、
ユニコーンである。
というのは、ユニコーン関係の単行本なんかに必ず載っているエピソードなので、
コアなファンはご存知だと思う。
で。その、「民生のバンドで叩く川西幸一」が、実は、私が初めて観た、
「演奏する川西幸一」だったのです。
当時、僕はヘビメタ大好きであり、かつ、なぜか
「楽器というのはちゃんと習わないといけないもの」と
思い込んでおり、市内のヤマハのドラム教室に通っていた。
なので、いいドラムというのは、ツーバスでタムがいっぱいあって、
千手観音のように叩きまくるヘビメタタイプか、
ヤマハの教室で教材になっているような、カシオペアとか
ザ・スクエアとかそういう16ビートでフュージョン系の、
技術的にいろいろ細かいことができるタイプか、そのどっちかしかないと
思っていた。
READYのドラマーは、前者でした。
なので、いつものようにREADYを観に行って、ステージに置かれた、
タムもフロアタムも1コだけのドラムセットに、まず、がっかりした。
いつものドラマーの半分以下の数のタイコしかないじゃん。
これであの曲叩けるの?
とか思った。
ライブが始まった。
ものすごいショックだった。
かっこよすぎる。なんじゃこれは。ドラムってこういう楽器だったのか。
目からも耳からも、ウロコがボロボロ落ちた。
その日から、僕の中で国内ドラマー第1位は、川西幸一になった。
で、もうとにかく、セットからフィルから何から、
それこそ衣裳まで、真似をしまくった。
川西さん26歳、私17歳で高校2年の頃の話です。
大人になり、音楽業界に入ったりして、その後、すばらしい
ドラマーをいっぱい知ったけど、いまだにその自分の中の
第1位の座が誰かに代わっていないのは、その時の刷り込みが、
すごくでかかったからだと思う。
あと、どんなバンドでも、ライブを観る時に、ドラムが一番
気になるくせが、僕にはあるんだけど、それも川西さんの
刷り込みだと思う。
ソロの1stアルバムを出した時、ジャパンのインタビューで
ユニコーンの解散理由をきかれた奥田民生が、
「川西さんの脱退がでかかった。あれで、僕の好きなノリの
ドラムがなくなってしまった」
というようなことを言っていて、すごく納得した記憶があります。
写真は、そんな人が歌っている、でもドラムは叩いていない、
ユニコーンの最新シングル。
「チョットオンチー」大阪城ホール、10月19日(月)と20日(火)です。
前回の続きです。The STRIPPERが解散したあとの、川西さんの話です。
当時、川西幸一、25歳とかそのくらい。足を洗ってカタギになるのも、うなずける年齢。
というわけで、バンドマンをやめて、ちゃんと会社員になったのだった。
しかし。足を洗ってしばらく経った頃、奥田民生がボーカルだったバンド、
READYのドラマーが、バイクでコケて腕を骨折してしまった、でもライブは入っている、
代わりに一回だけ叩いてくれませんか川西さん、と、頼まれた。
引き受けて、久しぶりに、広島ウッディストリートのステージに上がった。
そしたらすっごくよくて、「ダメだ、やっぱりこれはやめられん!」と復帰を決意し、
でもこの年だし、次は絶対にプロになれるバンドじゃないと意味がない、
そういうバンドを作ろう、という考えのもとにメンバーを探し、結成したのが、
ユニコーンである。
というのは、ユニコーン関係の単行本なんかに必ず載っているエピソードなので、
コアなファンはご存知だと思う。
で。その、「民生のバンドで叩く川西幸一」が、実は、私が初めて観た、
「演奏する川西幸一」だったのです。
当時、僕はヘビメタ大好きであり、かつ、なぜか
「楽器というのはちゃんと習わないといけないもの」と
思い込んでおり、市内のヤマハのドラム教室に通っていた。
なので、いいドラムというのは、ツーバスでタムがいっぱいあって、
千手観音のように叩きまくるヘビメタタイプか、
ヤマハの教室で教材になっているような、カシオペアとか
ザ・スクエアとかそういう16ビートでフュージョン系の、
技術的にいろいろ細かいことができるタイプか、そのどっちかしかないと
思っていた。
READYのドラマーは、前者でした。
なので、いつものようにREADYを観に行って、ステージに置かれた、
タムもフロアタムも1コだけのドラムセットに、まず、がっかりした。
いつものドラマーの半分以下の数のタイコしかないじゃん。
これであの曲叩けるの?
とか思った。
ライブが始まった。
ものすごいショックだった。
かっこよすぎる。なんじゃこれは。ドラムってこういう楽器だったのか。
目からも耳からも、ウロコがボロボロ落ちた。
その日から、僕の中で国内ドラマー第1位は、川西幸一になった。
で、もうとにかく、セットからフィルから何から、
それこそ衣裳まで、真似をしまくった。
川西さん26歳、私17歳で高校2年の頃の話です。
大人になり、音楽業界に入ったりして、その後、すばらしい
ドラマーをいっぱい知ったけど、いまだにその自分の中の
第1位の座が誰かに代わっていないのは、その時の刷り込みが、
すごくでかかったからだと思う。
あと、どんなバンドでも、ライブを観る時に、ドラムが一番
気になるくせが、僕にはあるんだけど、それも川西さんの
刷り込みだと思う。
ソロの1stアルバムを出した時、ジャパンのインタビューで
ユニコーンの解散理由をきかれた奥田民生が、
「川西さんの脱退がでかかった。あれで、僕の好きなノリの
ドラムがなくなってしまった」
というようなことを言っていて、すごく納得した記憶があります。
写真は、そんな人が歌っている、でもドラムは叩いていない、
ユニコーンの最新シングル。
「チョットオンチー」大阪城ホール、10月19日(月)と20日(火)です。
The STRIPPERと川西幸一前編
2009.10.14 20:34
CDが送られてきた。
というのは、仕事柄珍しくないというか、ほぼ毎日ですが、
これは、開封して「うわ!」と声が出ました。
The STRIPPER
「FIRST OR FINAL」
STR-001
10月5日のこのブログで、ユニコーン「半世紀少年」のカップリング曲、
「川西五〇数え唄」の中の、「六つ 昔はストリッパー」という歌詞について、
「これはユニコーン以前に川西さんが在籍していた広島のバンドの名前です」
ということを書いた。
で、検索をかけたら、そのThe STRIPPERが、2008年から活動を
再開していることがわかって、驚いた。ということも書いた。
これね。
↓
http://ro69.jp/blog/hyogo/page:3
で。
それを読んでくれたみなさんからのアクセスで、バンドの公式サイトのアクセス数が急に上がり、
「なんで?」ってなり、「ここで兵庫という奴が書いていた」ということが判明し、
ご本人が、手紙と一緒に新しいCDを送ってくださった、というわけです。
ありがとうございました。
なお、そのブログで触れた「ユニコーン“ペケペケ”とリフが同じ曲」、私は24年くらい
「ナイト・シンガー」だと思い込んでいましたが、正しくは「ナイト・スインガー」だそうです。
失礼しました。
で。このアルバム、7曲入りなんだけど、聴いてみてびっくりした。
2曲目に、その、僕が24年前に知っていた3曲のうちの1曲、
「ONE NIGHT BOOGIE SHOW」の、新バージョンが入っている。
歌詞は全面的に書き換えられているが、
かつて川西さんが叩き、テッシーが弾いていた、あの曲だ。
やはり、今聴いてもめちゃめちゃかっこいい。
公式サイトはこちらです。
http://stripper.blog.eonet.jp/
ものすごいローカルな、それこそユニコーンのメンバーにしか
通じないような話を、延々と書いてすみません。
でも、書いてたらいろいろ思い出してきた。
川西さんは、このバンドの解散後、すぐユニコーンを作ったのではない。
一回バンドマンをやめて、サラリーマンになったのだった。
次回に続く。
CDが送られてきた。というのは、仕事柄珍しくないというか、ほぼ毎日ですが、
これは、開封して「うわ!」と声が出ました。
The STRIPPER
「FIRST OR FINAL」
STR-001
10月5日のこのブログで、ユニコーン「半世紀少年」のカップリング曲、
「川西五〇数え唄」の中の、「六つ 昔はストリッパー」という歌詞について、
「これはユニコーン以前に川西さんが在籍していた広島のバンドの名前です」
ということを書いた。
で、検索をかけたら、そのThe STRIPPERが、2008年から活動を
再開していることがわかって、驚いた。ということも書いた。
これね。
↓
http://ro69.jp/blog/hyogo/page:3
で。
それを読んでくれたみなさんからのアクセスで、バンドの公式サイトのアクセス数が急に上がり、
「なんで?」ってなり、「ここで兵庫という奴が書いていた」ということが判明し、
ご本人が、手紙と一緒に新しいCDを送ってくださった、というわけです。
ありがとうございました。
なお、そのブログで触れた「ユニコーン“ペケペケ”とリフが同じ曲」、私は24年くらい
「ナイト・シンガー」だと思い込んでいましたが、正しくは「ナイト・スインガー」だそうです。
失礼しました。
で。このアルバム、7曲入りなんだけど、聴いてみてびっくりした。
2曲目に、その、僕が24年前に知っていた3曲のうちの1曲、
「ONE NIGHT BOOGIE SHOW」の、新バージョンが入っている。
歌詞は全面的に書き換えられているが、
かつて川西さんが叩き、テッシーが弾いていた、あの曲だ。
やはり、今聴いてもめちゃめちゃかっこいい。
公式サイトはこちらです。
http://stripper.blog.eonet.jp/
ものすごいローカルな、それこそユニコーンのメンバーにしか
通じないような話を、延々と書いてすみません。
でも、書いてたらいろいろ思い出してきた。
川西さんは、このバンドの解散後、すぐユニコーンを作ったのではない。
一回バンドマンをやめて、サラリーマンになったのだった。
次回に続く。
曽我部恵一「Sings 」
2009.10.14 11:17
今、当サイトの「ニュース」のところにあがっている、
「曽我部恵一 2年4ヵ月ぶりのソロ作品リリース」というやつ。
この「Sings」、アコースティック弾き語りカヴァー・アルバムであり、
2008年から2009年にかけて行った弾き語りツアー8ヵ所の、
会場限定で販売したものなんだけど、それをちゃんと流通にのっけて、出すことにしたと。
というのを読んで、その2008年12月当時、
この作品のことを、このブログでネタにしたのを、思い出した。
探して、読み直してみた。
微妙にひどいことが書いてあって、ちょっと反省した。
こちらです。12月20日のところ。
http://ro69.jp/blog/hyogo/ymd:200812/page:3
そういえば、日産セレナのCMソング、ソカバン×ガチャピン・ムックの曲になりましたね。
「思い出のアルバム」に続き、ソカバン2連投。
今、当サイトの「ニュース」のところにあがっている、「曽我部恵一 2年4ヵ月ぶりのソロ作品リリース」というやつ。
この「Sings」、アコースティック弾き語りカヴァー・アルバムであり、
2008年から2009年にかけて行った弾き語りツアー8ヵ所の、
会場限定で販売したものなんだけど、それをちゃんと流通にのっけて、出すことにしたと。
というのを読んで、その2008年12月当時、
この作品のことを、このブログでネタにしたのを、思い出した。
探して、読み直してみた。
微妙にひどいことが書いてあって、ちょっと反省した。
こちらです。12月20日のところ。
http://ro69.jp/blog/hyogo/ymd:200812/page:3
そういえば、日産セレナのCMソング、ソカバン×ガチャピン・ムックの曲になりましたね。
「思い出のアルバム」に続き、ソカバン2連投。





















