スピッツでグレート
2008.11.15 20:52
いやあ、スピッツよかったあ。
と、余韻に浸っていたら、Zeppの2階でばったり出くわした。
で、顔を見て、「あ、やべえ。告知忘れてた」と、思い出した。
RO69ラジオ「プレイングマネージャーに訊く!」、昨日赤坂BLITZワンマンを大成功に終わらせた、フラワーカンパニーズ・グレートマエカワ編、第3回、昨日アップされました。
ぜひ聴いてね。フラカンがメジャー離脱した頃の、相当レアな話が聴けますので。
それにしても。
昨日このブログでフラカンのこと書いたのに、なあんでラジオの告知を忘れるかなあ俺。
そして。もっと罪が重いのは、当社ウェブ・コンテンツ事業部・RO69ラジオ製作担当・石井彩子だと思う。
あのー、兵庫さん。フラカンのこと書くんだったら、ラジオの告知入れてくださいよ。
何故俺にそう言わん。
何か考えがあって、あえてラジオのことに触れてないのかも、とか思ったのか。
俺を誰だと思ってんだ。単に忘れてただけに決まってるだろ。
月曜日に出社したら、厳しい態度で問いただしたいと思う。
いやあ、スピッツよかったあ。と、余韻に浸っていたら、Zeppの2階でばったり出くわした。
で、顔を見て、「あ、やべえ。告知忘れてた」と、思い出した。
RO69ラジオ「プレイングマネージャーに訊く!」、昨日赤坂BLITZワンマンを大成功に終わらせた、フラワーカンパニーズ・グレートマエカワ編、第3回、昨日アップされました。
ぜひ聴いてね。フラカンがメジャー離脱した頃の、相当レアな話が聴けますので。
それにしても。
昨日このブログでフラカンのこと書いたのに、なあんでラジオの告知を忘れるかなあ俺。
そして。もっと罪が重いのは、当社ウェブ・コンテンツ事業部・RO69ラジオ製作担当・石井彩子だと思う。
あのー、兵庫さん。フラカンのこと書くんだったら、ラジオの告知入れてくださいよ。
何故俺にそう言わん。
何か考えがあって、あえてラジオのことに触れてないのかも、とか思ったのか。
俺を誰だと思ってんだ。単に忘れてただけに決まってるだろ。
月曜日に出社したら、厳しい態度で問いただしたいと思う。
スピッツ
2008.11.15 18:34
今夜のライブは、スピッツのZepp Tokyo。
このツアー、先月のJCBホールを高橋智樹に即日レポートしてもらったので、今日はレポートなし。観るだけです。
いやあ、書かないでいいと思うと気が楽だあ。
では観てきます。
今夜のライブは、スピッツのZepp Tokyo。このツアー、先月のJCBホールを高橋智樹に即日レポートしてもらったので、今日はレポートなし。観るだけです。
いやあ、書かないでいいと思うと気が楽だあ。
では観てきます。
バンドマンの半生 後編
2008.11.15 17:11
前回の続き。ベーシスト市川勝也の活動歴、後編。
1991年、THE STREET BEATSに再加入のため上京、プロ・ミュージシャンになる。
その後、1994年にTHE STREET BEATSを脱退。
De+LAXのギタリスト榊原秀樹、BOOWY→De+LAXのドラマー高橋まことと共に、GEENAを結成。
デビューするも、1997年に解散。
それから、アンジーの水戸華之介のツアー・バンドなどでベースを弾きつつ、バンドTシャツ等のグッズを作る会社を始める。
デザインをバンドからもらって、製品を作ってどかっと納品する、いわゆる業者です。
これは今でもやっていて、Theピーズや、ゆらゆら帝国のTシャツは、確かこの男が作っているはず。
で、そうこうしているうちに、1999年、先に参加していた元JUN SKY WALKER(S)の小林雅之に誘われ、POTSHOTに加入。
2005年の解散まで在籍する。
その後は、元POTSHOTのMITCHYと結成したBUG'S FEEDと、「自分以外全員元ザ・ルースターズ」という恐ろしいバンド、ROCK'N'ROLL GYPSIESで活動中。
さらに、Tシャツ業も続行しつつ、東京都狛江市に古着とオリジナルウェアの店、BP187をオープン。
フラカンのグレートマエカワが、アーティスト写真などでよく着ているTシャツは、この店のオリジナルだったりする。
ちなみに既婚。3児の父。
以上、「こういうふうにミュージシャン人生を歩む人もいます」という、例のひとつでした。
というか、ずっとひとつのバンドで、プロで活動しているミュージシャンよりも、市川みたいなキャリアのミュージシャンの方が、実は圧倒的に多いと思う。
とにかく、何よりも、やめないのがえらいなあと。
その、こりなさというか、しぶとさがよいなあと思う。
しかし、こいつも、高校生の頃からほとんど体型が変わらない。
と言ったら「おまえは目もあてられんぐらい変わりはてた」と言われた。
前回の続き。ベーシスト市川勝也の活動歴、後編。1991年、THE STREET BEATSに再加入のため上京、プロ・ミュージシャンになる。
その後、1994年にTHE STREET BEATSを脱退。
De+LAXのギタリスト榊原秀樹、BOOWY→De+LAXのドラマー高橋まことと共に、GEENAを結成。
デビューするも、1997年に解散。
それから、アンジーの水戸華之介のツアー・バンドなどでベースを弾きつつ、バンドTシャツ等のグッズを作る会社を始める。
デザインをバンドからもらって、製品を作ってどかっと納品する、いわゆる業者です。
これは今でもやっていて、Theピーズや、ゆらゆら帝国のTシャツは、確かこの男が作っているはず。
で、そうこうしているうちに、1999年、先に参加していた元JUN SKY WALKER(S)の小林雅之に誘われ、POTSHOTに加入。
2005年の解散まで在籍する。
その後は、元POTSHOTのMITCHYと結成したBUG'S FEEDと、「自分以外全員元ザ・ルースターズ」という恐ろしいバンド、ROCK'N'ROLL GYPSIESで活動中。
さらに、Tシャツ業も続行しつつ、東京都狛江市に古着とオリジナルウェアの店、BP187をオープン。
フラカンのグレートマエカワが、アーティスト写真などでよく着ているTシャツは、この店のオリジナルだったりする。
ちなみに既婚。3児の父。
以上、「こういうふうにミュージシャン人生を歩む人もいます」という、例のひとつでした。
というか、ずっとひとつのバンドで、プロで活動しているミュージシャンよりも、市川みたいなキャリアのミュージシャンの方が、実は圧倒的に多いと思う。
とにかく、何よりも、やめないのがえらいなあと。
その、こりなさというか、しぶとさがよいなあと思う。
しかし、こいつも、高校生の頃からほとんど体型が変わらない。
と言ったら「おまえは目もあてられんぐらい変わりはてた」と言われた。
バンドマンの半生 前編
2008.11.15 11:56
11月7日(金)のジャパン編集部ブログで、古川が「pe'zのNirehara Masahiroとは高校の同級生」と書いていた。
知らなかった。びっくりした。
で、自分にも、そういう存在がいたのを思い出した。
同じ高校じゃないけど、高2の頃からの付き合い。
写真の男がそうです。昨日のTHE WHOは、この男と観に行きました。2月のTHE POLICEもそうでした。
一緒に行くもののセレクトが、すっかりおっさんだ。
で、この男の経歴が、「日本のロックの20年史を生きた当事者」として、このブログの趣旨にぴったりなので、ちょっと紹介したい。
市川勝也。ベーシスト。1968年生まれの40歳。広島出身。
格闘技関係でよく名前を見る、同姓同名のフリーアナウンサーがいますが、別人です。
高校の時、だから1980年代中期に、THE BRIXIONというバンドを結成。
私が初めて会ったのはその頃。一緒にライブやったり、通っている練習スタジオが同じだったりして(奥田民生がバイトしていたことでのちに有名になったところ)、知り合いました。
THE BRIXIONはコンテストなどで賞を総なめ、市内のバンド小僧の間で知らぬものはいない存在となり、CBSソニーから声がかかって育成バンドになったりするが、高校卒業と同時に解散。
その後、ドラマーと二人でリズム隊ごと、広島では既に有名だったTHE STREET BEATSに加入。
折からのバンドブームもあってか、インディーズの段階で全国区の人気バンドになるも、メジャー・デビュー直前にリズム隊ごと脱退。広島に残る。
しかし、3年後の1991年、バンドから要請を受け、リズム隊ごと上京して再加入。
この段階で、プロ・ミュージシャンになる。
書いてみたら長いな、こいつの経歴。次回に続く。
11月7日(金)のジャパン編集部ブログで、古川が「pe'zのNirehara Masahiroとは高校の同級生」と書いていた。知らなかった。びっくりした。
で、自分にも、そういう存在がいたのを思い出した。
同じ高校じゃないけど、高2の頃からの付き合い。
写真の男がそうです。昨日のTHE WHOは、この男と観に行きました。2月のTHE POLICEもそうでした。
一緒に行くもののセレクトが、すっかりおっさんだ。
で、この男の経歴が、「日本のロックの20年史を生きた当事者」として、このブログの趣旨にぴったりなので、ちょっと紹介したい。
市川勝也。ベーシスト。1968年生まれの40歳。広島出身。
格闘技関係でよく名前を見る、同姓同名のフリーアナウンサーがいますが、別人です。
高校の時、だから1980年代中期に、THE BRIXIONというバンドを結成。
私が初めて会ったのはその頃。一緒にライブやったり、通っている練習スタジオが同じだったりして(奥田民生がバイトしていたことでのちに有名になったところ)、知り合いました。
THE BRIXIONはコンテストなどで賞を総なめ、市内のバンド小僧の間で知らぬものはいない存在となり、CBSソニーから声がかかって育成バンドになったりするが、高校卒業と同時に解散。
その後、ドラマーと二人でリズム隊ごと、広島では既に有名だったTHE STREET BEATSに加入。
折からのバンドブームもあってか、インディーズの段階で全国区の人気バンドになるも、メジャー・デビュー直前にリズム隊ごと脱退。広島に残る。
しかし、3年後の1991年、バンドから要請を受け、リズム隊ごと上京して再加入。
この段階で、プロ・ミュージシャンになる。
書いてみたら長いな、こいつの経歴。次回に続く。





















