『この世界の片隅に』がわたしたちみんなの物語である理由をネタバレ気にせずに書きます

『この世界の片隅に』がわたしたちみんなの物語である理由をネタバレ気にせずに書きます
CUTでは公開が始まるタイミングで主人公・すずの声を演じたのんと片渕須直監督の対談と共に特集した(写真は渋谷のユーロスペース。その記事を掲示してくれていました)映画『この世界の片隅に』は、多くの人がご存知の通り超ロングランとなり動員100万人、興行収入13億円を突破。
こうの史代さんの原作漫画も含めて、この物語について改めてじっくり書きたいと思っていたのですが、自分の中で咀嚼するのに時間がかかってしまい、この時期になってしまいました。
なので、いっそのことネタバレを気にせずに書こうと思うので、これから映画を観たり、漫画を読む予定の方は自己責任でお願いします。





漫画『この世界の片隅に』が漫画アクションに連載されたのは、平成18年12月から平成21年1月まで。
そして、この物語で描かれるのは昭和18年12月から昭和21年1月まで。
同タイトルの連載が始まる前に、主人公・すずをはじめ登場人物たちのそれよりも以前のことが描かれる読み切り作品3編『冬の記憶』『大潮の頃』『波のうさぎ』があり、この3編も『この世界の片隅に』の物語の重要な一部で、もちろん映画でもしっかりと描かれています。
しかし漫画を読んだ人はよくおわかりだと思いますが、同連載が「昭和」と「平成」という元号だけを違えながら、登場人物が生きている時間と歩調を合わせながら描かれていったことが、この物語のとても大きなポイントなのです。
こうの史代さんは、1968年生まれ。
物語の舞台の広島県呉市は、こうのさんのお母さんの故郷で、こうのさんが広島市で生まれたのは敗戦の23年後。
こうのさんはこの漫画で、すずという昭和元年生まれの女性が、幼い頃に一度だけ会ったことのある(すずは覚えていませんが)周作という4歳上の男性に見初められて広島市江波から呉に嫁ぎ、原爆投下を経ての敗戦以降までをどのように生きたかの記憶を描きました。
もちろん、こうのさん自身の記憶ではないので、きっとこれまでに出会った、その場所で生きた人々から見聞きしたことが彼女の中で集まってすずという人になって、そのすずと一緒に2年強を生きながら描いたのが『この世界の片隅に』なのだろうと思います。
作風や画風には現代的なところもあるのですが、読んでいるとこの漫画を描いた作者の中にすずという人が生きているとあまりにもはっきりと感じられるので、自伝作品のように錯覚する瞬間が何度もあります。
個人的に最も深く心に残っているのは、すずが地雷弾の爆発によって、姪っ子の晴美の命と共にその手を繋いでいた右手を失い、その右手がそれまで何に触れてきたかの記憶を、ひと月ずつ遡って思い出していく場面なのですが、ここで読者はすずの右手がこれまでの物語で触れてきたものが、すべていつか失われてしまう右手の記憶であったことに気付き、その触れたものすべてがあまりにも愛おしいものだったことにも気付きます。
漫画『この世界の片隅に』は、昭和が終わってから、赤ん坊だった子供が結婚できるまで成長するぐらいの長い年月が経ってから綴られました。
それは、いつか直接聞くことができなくなってしまう昭和の戦火を生きた人の記憶を、その「生きた時間」の愛おしさがはっきりと感じられる形で残すために生まれた物語なのだと僕は思います。

そして映画『この世界の片隅に』なのですが、この映画の最も素晴らしいところは、その漫画『この世界の片隅に』の物語が持っている特別な使命を、アニメーションという表現の力で描ききったところだと思います。
この映画もまた最先端のアニメーションの技術と、片渕監督がこれまでの経験の中で積み上げてきたものすべてがあってこそ誕生した作品ですが、観ていると、やはりこの映画の中にすずという人が生きていることがはっきりと感じられます。
すずの声を演じるのが、のんでなければならなかったことは明白で、彼女ほど「演じる」ことを意識せずに、まっすぐにすずとして「生きる」声を発することのできる人はいません。
アニメーションの表現の力によって、「いつか直接聞くことができなくなってしまう昭和の戦火を生きた人の記憶を、その『生きた時間』の愛おしさがはっきりと感じられる形で残す」という、この物語の使命をより大きな市場規模で果たし、そして原作漫画をより多くの人に届けた功績はあまりにも大きいと思います(この映画が好きで、まだ漫画を読んでいない人は是非、読んでほしいです。映画にも少し登場したリンという遊女にまつわるエピソードによって、さらに深く伝わるメッセージがあります)。

長くなりましたが、こんなにもはっきりと「生きることとは何か?」の答に触れさせてくれる、時を超えた記憶の物語に出会えることは一生に何度もないことなので、その喜びと感動を記しておきたいと思って書きました。(古河)
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