アート・ガーファンクル @ 渋谷公会堂

2009年のサイモン&ガーファンクルでの来日以来、5年ぶりとなるアート・ガーファンクルの単独来日である。4日の名古屋を皮切りに本日11日の渋谷公会堂公演まで計6公演5都市を回る今回のツアーは、2010年に声帯麻痺を患い、コンサート活動を中断していたアートにとって約4年ぶりの復活、奇跡的に取り戻した「声」を響かせるためのツアーだ。だから無論、彼の声のコンディションはかつて「天使の歌声」と称された全盛期のそれと比較すれば完璧とは言い難いものだった。でも、それでもまた再び歌う事ができたのだという彼の喜び、そしてその喜びをファンと分かち合っていくような、本当にあたたかな空気に包まれたライヴだった。

今回のツアーではアート・ガーファンクル名義のソロ曲、サイモン&ガーファンクル時代のナンバー、そしてカヴァー曲がミックスされたセットリストが用意されていた。冒頭、ステージにアコースティック・ギターを抱えたギタリストがひとり先に登場し、イントロを弾き始める。そしてイントロ終わりの歌い出しと共に幕内からアートが登場、大歓声の中で始まったオープニング・ナンバーはビリー・ジョエルのカヴァー“And So It Goes”だ。日本語で「コンバンワー」と一言、そして“The Boxer”へ。この日のステージはアートとギタリストの2人によるミニマムな弾き語りスタイルで、アートはスツールに腰掛けて“The Boxer”を歌う。出だしの音程はかなり不安定で、ファルセットが心細く震えていた。でも、1曲毎に少しずつ喉が温まっていき、声に艶が生まれていくのを感じることができた。“Perfect Moment”からの数曲はアートのソロ曲が続く。ここでいきなり「ソウデスネー、イクラ、ウナギ、ウニ!」と日本語で言い出して会場の笑いを誘うアート、どうやらランダムな日本語のカンペを用意していたようで、所々でそれを披露していた。“Scarborough Fair”はギターの抑揚が素晴らしかった。アコギ1本とは思えないほど時に激しく鋭く、時にまろやかに繊細に、アートのヴォーカルを様々な角度から絶妙にフォローしていくのだ。

“Scarborough Fair”まで終えたところで、「Hampshire House」と題されたこの日最初のポエトリー・リーディングのコーナーが始まる。アートが英詩を朗読し、それを通訳の女性が日本語で読み直していくというスタイルだ。1960年代、NYのセントラルパークを見下ろすホテルの一室で、全てを手に入れた気分になっていた若きアート・ガーファンクルの描写から始まるこの詩は、最後に「かつての魔法の輝きが失われた」と詠まれる。一度は声を失った彼の絶望の深さを改めて突きつけられるような詩であり、同時に、その絶望の淵から立ち上がっていったアート・ガーファンクルの人生を、歌と詩によって振り返り、表現するのがこの日のライヴだということが分かる。「次は戦争の歌だ」と紹介し、ポール・サイモンのカヴァー“The Side of a Hill”、そして延々ファルセットが続く高難易度の“For Emily, Whenever I May Find Her”を見事歌いきったところで前半が終了、約20分の休憩となった。

「ニホンニマタコレテ、トッテモウレシイデス」とのアートの挨拶で再スタートした後半は、“April Come She Will”を挟み、ここからの数曲はカヴァーだ。「僕には5人の尊敬するソングライターがいる。そのうちのひとり、ランディ・ニューマンのナンバーだよ」と紹介し“Real Emotional Girl”へ、そして続けてエヴァリー・ブラザーズの“Let It Be Me”と“Take a Message to Mary”を歌うのだが、ここでアートの息子が登場し、2人で一本のマイクに向かってのデュエットとなる。この息子さんがさすがはアートのDNA!といった感じの素晴らしいファルセットの持ち主で、アートが低音、息子が高音を担当してのハモリが本当に素晴らしい。客席からも何度もため息混じりのどよめきが起こる。“Wednesday Morning, 3 A.M.”、チャーリー・チャップリンのカヴァー“Smile”は息子が独唱、父アートは後ろに下がり、そんな息子の姿をうれしそうに見守っている。歌い終わった息子と握手を交わし、「パパはおまえが誇りだよ」とアート。

ここで再びポエトリー・リーディングが始まる。「Creatures」と題されたこの詩の中で、歌う事に疲れた「僕」は涙を流し、でも死ぬのは怖いとつぶやく。そして“Bright Eyes”を挟み、今日最後のポエトリー・リーディングとなる「Authorship」へ。この詩はロンドンの地下鉄の中でエンリコ・カルーソーのナンバーをiPodで聴いていたアートが、初めてその曲を聴いた5歳の時の記憶を辿るというストーリーで、アートはそのレコードを「僕」に与えてくれたのは父だったことを思い出す。そして「美しき音楽の魂」を授けてくれた亡き父に「僕」は感謝し、父が「僕」の創り主だったのだと〆られる。アート・ガーファンクルの音楽の原点へ、音楽を聴き、歌い、奏でる喜びの源へと行き着く、感動的なラスト・ポエムだ。アルバート・ハモンド(※あのストロークスのアルバート・ハモンド・Jr.のお父さんです)の“99 Miles From L.A.”、そして続いては“The Sound of Silence”なのだが、これがかなりアレンジされたライヴ・ヴァージョンで、重く固いベース音を弾き出すアコギに合わせてアートの歌も野太く、力強く膨らみ、クライマックスに相応しい力演となった。

次に披露されたのは「サイモン&ガーファンクルでのぼくのフェイヴァリット・ナンバーだ」と紹介された“Kathy's Song”で、「有名になる前に、この曲をポールとふたりでロンドンの路上で演っていたのを覚えてるよ。小銭を稼ぐためにね。ポール、この曲を作ってくれてありがとう」とアート。本編ラストの“Bridge Over Troubled Water”はアコギ1本でどうやって演るんだろう……とセットリストを見ながら思っていたら、アートも「次の曲、ピアノなしでどうやって演ればいいんだろうね」と呟いていてちょっと笑ってしまった。でもそれは、シンプルに、彼の歌声で勝負するパフォーマンスでやり遂げられ、感動的だった。「明日にかける橋」、まさに今日のステージに相応しいラスト・ナンバーだし、パフォーマンスだったわけだが、アートがステージを降りても拍手は鳴り止まない。そして再び登場した彼は満場の手拍子に合わせて軽快に“The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)”を、そして再び息子とデュエットで美しいコーラスを響かせるエヴァリー・ブラザーズの“Devoted to You”と、最後の力を振り絞って歌い続ける。オール・ラストは静かに消えゆく“Now I Lay Me Down to Sleep”。約2時間のステージ、数多の名曲と共に稀代のヴォーカリスト=アート・ガーファンクルの声が未来へと繋がれた一夜だった。(粉川しの)


1. And So It Goes
2. The Boxer
3. Perfect Moment
4. A Heart in New York
5. All I Know
6. A Poem on the Underground Wall
7. Scarborough Fair/Canticle
8. Corcovado (Quiet Nights of Quiet Stars)
9. The Side of a Hill
10. Someone to Watch Over Me
11. For Emily, Whenever I May Find Her
(20分休憩)
12. April Come She Will
13. Real Emotional Girl
14. Let It Be Me
15. Take a Message to Mary
16. Wednesday Morning, 3 A.M.
17. Smile
18. Homeward Bound
19. Bright Eyes
20. 99 Miles From L.A.
21. The Sound of Silence
22. Kathy's Song
23. Bridge Over Troubled Water

En1. The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)
En2. Devoted to You
En3. Now I Lay Me Down to Sleep
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